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2020/1/9 「読書日記その1 鼻」

・正月休みに実家に帰った時、自室の本棚を見ていると買った覚えのない本があった。なんの気なしに読んでみると思いのほか面白かったので感想でも書いてみます。

ネタバレはあまりないですが気になる方は注意して下さい。

曽根圭介さんの「鼻」、「第14回日本ホラー小説大賞短編賞」を受賞しているそうな。この本は短編集となっており3つの話が収録されている。

「暴落」「受難」、そして表題の「鼻」。3つの話に共通するのは人間って怖いということ。この本には幽霊や怪物はいません。いるのは人間だけです。

・暴落
個人の価値が全て「株」で決められている世界。良い行動をすれば株価が上がり個人の評価が上がる。反対に悪い行動をすれば株価が下がり評価が下がる。そんな世界。主人公は一流企業に勤めるエリートだったが、ある日自分の株価が下がり始めていることに気が付く。

タイトルと世界観で何となくオチが想像できるかと思いますが、その通りです。エリートの主人公の株価が坂道を転がるようにどんどんと「暴落」していくお話。株価が下がるにつれて人としての価値も下がる。

人の価値が数字で表されている世界なので、皆株価を上げようと必死にやさしくしてくれるが、相手に価値が無いと分かると途端に冷たくなるところがリアル。打算的に生きることが推奨されている世界なので、主人公も同じく全ての行動が打算的。よく言えば打算的、悪く言えばクズ。なので暴落して落ちていく様はある意味爽快感すら感じられた。ジェットコースターみたいに高いところから最下部に落ちていくんだもの。

読んでいる時は嫌な奴だと思っていたけど、こんな世界なら打算的に生きることがきっと正しいのだろうな。

この話を読んでバナナマンのコントを思い出した。これも人間の価値が数値化されている世界が舞台。面白いんだけど怖い。

・受難

ビルとビルの間の細い路地で目覚めた俺。片手が手錠に繋がれており外すことが出来ない。なぜこんな状態になったのか思い出すことが出来ない。

突然、身に覚えのない状態に陥った男が主人公。ビルとビルの間の細い路地が舞台。こういうのってシチュエーションホラーでいいのかな。
この話を一言でいうなら理不尽。最初から最後まで理不尽が詰まっている。昨日まで日常が徐々に様々理不尽に侵されて、徐々に絶望感に変わっていく様はゾッとする。まさに受難と言える。

・鼻
この話は2つのストーリーが交互に語られている。

現代のようで現代ではない世界。この世界の人間は鼻がある「テング」と鼻がない「ブタ」の2種類に分かれており、テングはブタに迫害されている。ブタの外科医の「私」はある日テングの母娘を知り合ったことがきっかけで、テングを救うためのレジスタンスに身を投じることになる。

自己臭症に悩む刑事である俺は2人の少女失踪事件を調査していた。
自分の臭いを嗅ぐようなやつらに暴力を振るいながら調査を進めていく中で、かつて少女に傷害事件を起こしたマスク男の情報を得る。

一見全く別のストーリーのようだが、読み進めるにつれて無関係のような2つの話が徐々に近づいていく。この話の肝はそこにある。
なぜ「テング」が迫害されているのか、なぜ「テング」と「ブタ」なのか、その意味が分かった時、今まで見ていた世界がぐにゃりと歪んでいくように感じた。妄想が現実に追いつき、現実に塗り替えられていき呑まれていく様にはちょっとした感動を覚えた。


・最初も書いたが、この本には幽霊も怪物も出てこない。いるのは人間だけです。それが何よりも恐ろしい。ホラーってもしかしたらこの状況が自分にも降りかかるのではないか。と思えれば思えるほど怖いのでリアリティがあるホラーが一番怖い。

全体的に後味の悪い話が多いけど、短編らしいスピード感で飲み込むことが出来るので胃はもたれずスッキリとさえできるのでお勧め。
巻末に大森望さんの解説があり、とても分かりやすく丁寧な解説となっているので読後に内容が理解できなかったとしても安心できる。安心ホラー。

お金を捨てるためのドブです。 ドブに捨てるよりも時間はかかりませんので是非。