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6.飲物/瑠壱は智を呼ぶ

前回のあらすじ

 沙智に導かれて入った一見さびれたカラオケ店は、中に入るとそうでもなかった。

 そしてそこで、瑠壱は山のような巨漢の店長と出会う。苗字を「花咲」という彼と沙智は、顔見知りの様だった。

本文

 受付が綺麗ならば、個室内も思った以上にちゃんとしていた。

 瑠偉(るい)たちが入ったのはプレートの番号通り三号室。二つ隣の一号室には先客がいるようだったが、両隣となる二号室と四号室は空いていた。どうやら一室おきに客を通しているらしい。

 一応防音はしっかりしているように見えたが、それでも防ぎきれない音漏れ対策なのだろうか。

 一室おきの案内でも回ってしまう程度の客しか訪れないというのがなかなか寂しいところだが、あの外観では致し方ないだろうなとも思う。もうちょっと綺麗にすればいいのに。

「そうだ……あの、西園寺(さいおんじ)くん」

「ん?なんだ?」

「えっと、フリードリンク制だから、飲み物、取ってこようと思うんだけど……何が、いい?」

 おかしい。

 さっきまではもっと途切れることなく会話が出来ていたはずだ。相手によるのだろうか。それともあの店長とは特別仲が良くって、話がしやすいのだろうか。瑠壱の中に燃えた小さな対抗心が、無駄な見栄を張らせる。

「フリードリンクってさっきのところだよな?だったらむしろ俺が取りに行くよ。何がいい?」

 ところが沙智(さち)は途端に視線を泳がせはじめ、

「えっと……あの、悪いよ。私が取ってくるって」

 なぜか意地を張る。

 まあ、遠慮をしているのだろう。

 瑠壱はそんな風に結論付けて、

「大丈夫だって。ほら、俺、ここ初めてだろ?だから、何があるのかも分からないし。な?」

 理由としてはもっともだし。事実瑠壱がこの店を利用するのは初めてだ。

 どころかカラオケ自体を利用するのもほぼほぼはじめてと言ってもいいくらいである。

 なぜか。

 理由は実に単純だ。

 冠木かぶらぎあたりに言ったら呆れられるかもしれないが、一緒に行く相手がいないのだ。

 それこそ中学生になったばかりの頃は妹・優姫ひめの付き合いで行くことはあったものの、その優姫も今は友達を誘っていくようになっていて、兄を誘ってはくれない。

 一度「たまには兄とカラオケにいかないか」と言った趣旨のことを、遠回しに聞いてはみたのだが、

「だって、お兄、流行りの曲とか全然知らないんだもん。駄目だよ、もっと世間の動向に敏感にならないと」

 と苦言を呈されたので、以降彼女相手にカラオケの話題は出していない。

 最近は一人でカラオケに行くというのもそんなに珍しくはなくなってきているが、残念ながら瑠壱にそこまでして歌いたいという気持ちはない。

 瑠壱の「歌を歌いたい欲求」はといえば、せいぜいが風呂場で鼻歌を歌う程度で溶けて消えてしまうくらいの小さなもので、意気込んで、一人でカラオケ店に足を運んで、料金を払ってまでして解消するほどではないのである。

 ただ、そんなわけで瑠壱にとってのカラオケ店というのは全くの未知の世界な訳で、ドリンクバーにどんな飲み物があるのかすら分からない。

 ……と、いうのは理由の半分くらいで、もう半分くらいは実に「ちょっとでもかっこつけたい」というみみっちいプライドの表出でしかない。

 たかだかドリンクバーを持ってきてあげた程度で男を見せたことになどなるはずもないし、もし仮になるのだとしても、それに一体なんの意味があるのかはさっぱりなのは分かっているのだが。沙智相手にかっこいいところを見せて一体どうしようというのか。いや、そもそもかっこよくすらないのか。

「そんなわけだから、取ってくるわ。何がいい?」

 このままだと話が平行線を辿るのは分かっていた。だから、強引に話を打ち切り、結論づけよう、

「あの、それだったら一緒に、行きませんか?」

 訂正。結論付けられなかった。どうしてそこまで意固地になるんだろう。


              ◇


「なるほどね…………」

 そして、その理由はすぐに判明することとなる。

「ご、ごめんなさい」

 瑠壱に向かって頭を下げて謝る沙智。その手にはお盆と、「団体さんですか?」と聞きたくなるレベルのグラスが乗っかっていた。

 それぞれ入っているドリンクの種類は全く違う。

 コーラにメロンソーダ、オレンジジュースに紅茶。店舗限定だというルイボスティーまでもしっかり網羅されたそのグラスたちは、とても「友達と二人で来た人間が持つトレー」ではないし、これからここのドリンクバーを飲み比べてレビューする記事でも書くんですか?とでも聞きたくなるレベルなのだが、どうやらこれを一人で飲みきるつもりらしいのだった。なるほど。これは確かに人任せには出来ない。

 紅茶だけでもレモンティーとミルクティーの二種類があって、ミルクティーに入れたのはガムシロップ三つのポーション二つに対して、レモンティーはガムシロップ一つにレモンティー用のポーション三つだった。

 この時点で既にこんがらがりそうだが、これに更にコーヒーもあって、そちらも無糖と、加糖で二種類あるときている。さらにさらに面倒なことに、それらの比率はその日の好みで決まっているらしい。それは「取ってきてあげる」という何気ない申し出を全力で断るわけだ。

 瑠壱は苦笑して、

「いや、いいよ。むしろ俺が全然分かってなかったわ。っていうか、それ、持とうか?」

 そんな申し出を沙智は「とんでもない」といった具合に首を横に振って、

「いいえ!大丈夫です!これくらい慣れてるんで!」

 慣れている、ということはいつもこんな感じなのか。

 これだけのコップを一気に一人の客が持って言ったら店によっては怒られそうだが、そこはこれ、客の少ない穴場の強みなのだろうか。

 と、いうか、瑠壱たちがここに飲み物を取りに来てからというものの、誰一人このフロアに人が現れないのはどういうことだ。

 客はまだいい。店員がいないのは流石にまずいのではないか。あの存在感の塊みたいな店長も、今は姿が見えない。

「そっか、分かった。んじゃ、戻ろうか」

「はい。一回戻りましょう」

「一回?」

 部屋に戻った後、沙智はもう一度お盆を持って飲み物と、ソフトクリームを取ってきたのだった。ここはパーティー会場か何かなのだろうか。


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