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茶の湯的宇宙速度を考える 〜守破離見立て〜

人工衛星はなぜ落ちてこないの?

 子供からの素朴な疑問から始まる伊丹十三のエッセイ『問い詰められたパパとママの本』を読む。思想的、文学的なものかと思いきや、科学的論拠がキチンと書かれていて、なるほどとうなずいてしまう。
 その中に「人工衛星はなぜ落ちてこないの?」という問いが出てくる。

伊丹十三氏の答え

 問いに対する氏の答えを結論から言うと、「人工衛星は常に落ち続けている」ということである。例えば、ボールを水平に投げた時、地球の引力の影響を受けなければ、そのまま宇宙の果てまで飛んでいってしまう。しかし、ボールの速度が地球の引力とちょうど釣り合いが取れたとき、ボールはそのまま地面と並行に進む。地球は丸いため、引力によって落ちながらも、進み続けることで、ぐるぐると回り続けることができる。

つまり、円形の軌道を持つ人工衛星は、つねに地球の表面と平行の方向に落ちている。〈中略〉地球から遥かかなたへ飛び去ろうとする遠心力と、地球の中心へ向かって引きずり落とそうとする求心力とがちょうど釣り合った状態を保ち続けているのが、この円運動であると申せましょう。
(『問い詰められたパパとママの本』伊丹十三  56頁)

 人工衛星は地球からの影響を受けて、絶えず毎秒数千メートルという速度で落ち続けているそうだ。青い地球から暗闇へ出れば宇宙かと思ったらそれ違った。そこから外へ出るということは、想像以上に難しいことだと氏に教えられる。俯瞰した知識から地球の外を見る目をつくる。

 ちなみに、脱出速度のイメージは以下のとおり。
・秒速約8km以上で地球の軌道へ(第一宇宙速度、新幹線の100倍)
・秒速約11km以上で地球を脱出し月へ(第二宇宙速度、ジェット機の50倍)
・秒速約17km以上で太陽系の外へ(第三宇宙速度、音の50倍)

凄まじいエネルギーと、緻密な計画によって、我々は初めて宇宙の彼方まで行くことを許される。

宇宙速度と守破離

 これは茶道の世界にも当てはまる。
 利休や流派の重力というものはとてつもないもので、この数百年、絶えずそこからの脱出が試みられてきたが、第二の利休的起源は誕生しなかった。
 ではいざ私がと、思い切って宇宙に出たと思いきや、実は軌道をぐるぐる回る衛星になってしまっていることもある。軌道に乗ればとてつもないスピードとなるから、宇宙の果てに向かっているように錯覚してしまう。残念ながら中心地から一歩も離れていない。
 一体どうしたら、茶の湯の宇宙へ行けるのだろうか。

茶の湯の守破離と脱出速度

 守破離に例えていうのであれば、地球が「守」、衛星軌道が「破」、地球からの脱出が「離」である。その人の茶の湯、数寄、創意工夫などは「ロケット」といったところか。
 衛星軌道までは実験的に行えるのだけれど、そこで地球の素晴らしさに気づいて戻ってしまう。それを繰り返していくうちに、いずれ気持ちが老いさらばえ、やがて飛び立つこともしなくなり、地球の維持に意識がいくだろう。
 勢いが必要であるなら、エネルギッシュな若者が早く飛び立てるように環境を用意しなければならないが、今のところ整ってはいない。反対に、茶道歴が長いほど尊重されるが、それは地球の話であって、宇宙に行く人を見つけ、育てることもしなければいけないのではないか。

必要なもの

 他の星へ行くことや宇宙の果てへまっすぐ進み続けるためには、茶道界の引力に影響されていては、いつまでたってもいけない。そのためには、以下の3つを個人で用意する必要があると思う。

1、爆発的エネルギー
2、エネルギーを効果的に使用するための綿密な計画
3、揺るぎない覚悟

 自分にとってのエネルギーとは何か効果的使用法とはどんなものかそして一体何を覚悟するのか
 また、地球の外へ出るためには、地球のことも知らねばならない。なぜなら、宇宙の未知なる環境に対応するために我々ができることは、地球の智慧を持ってするしかないからでだ。そのための「守」である。
 しかし、脱出のためのロケットに積み込むものは「新たな星において必要なもの」に限られるわけで、「地球の必要条件」は除外しなければならない。自分にとって本当に大切だと思うもの。それは、何から導き出されるだろうか。

 もし茶道からの脱出(次なる展開)を考えているのなら、茶の勉強だけをしていては、いつまでもその外へいけない。
 様々なものに興味を持つことによって、新たな魅力や疑問が浮かび、やがて脱出するための覚悟を持ち合わせることができるだろう。茶道よりおもしろいことがあるから、茶道がおもしろくなる。そのときは、不純物が削ぎ落とされ、周りと比較することなく、自分にとっての大切なものが明瞭に浮かび上がるだろう。

 
 どの分野にも言えると思うが、軌道に乗って、猛スピードでぐるぐる回ることは、もしかしたら最も平和で安全なことかもしれない。地球にも宇宙にも顔が立つ。しかし、そのままで良いのかどうかは、当の本人が一番よく分かってしまうのではないか。
 そのためには、リスクを承知で、脱出する。宇宙へ脱出すれば、地球へは2度と帰れないし、多くの障害があるが、想像し得なかった展開がきっと起きる。
 そして、その脱出はまだエネルギーがあるうちに、早めにやることをすすめる。宇宙速度的茶の湯を楽しみに生きる。


武井 宗道

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