曦宗達日記(2020年1月前半)

二〇二〇年一月二日

16歳から始めた俳句という言語表現芸術を18歳から詩、短歌を始め、批評・評論とともにここまで生きてきた。様々なことを目的もなく漠然とした日々の中続けていたが、僕はやっぱり芸術家になりたいこと、なって様々な豊かな表現を共有すべく世に君臨したのだ。目的は作家、評論家かもしれないが、そのためには優先順位をはっきり定めていかなければならない。僕はこれから先自分の自己成長と他人のためになすすべきことを成し遂げる。そのために今は先行の作品をインプットしなければならなくなると思う。目的は基本芸術家だ。そして歌人かもしれない。後は、批評活動と花粉症治しだけだ。


二〇二〇年一月三日

今日は宴会続きだった。とにかくすごかった。だが、僕はそれと同時にうまくいかない点もあった。やはり無駄に時間をとってしまい非効率化してしまったことだろう。こう言ったことは年一回くらいでいいかとも思うが・・・。どうしようか。今後バイトやりたくないけどどうしようか。いや、バイトよりもマネタイズとマネーの管理をしていく方がバイトでただ金稼ぐよりいいかもしれない。


二〇二〇年一月四日

「力を持つものが勝つ。」
これっていわば金だけの問題ではないと思うのだが?知も力になるのではないか?私は金よりもどちらかというと知の領域が好きだからそうした面で・・・・。誰かと会っては冷や冷やする雰囲気作りをしよう。坂東玉三郎とか大学の先生に相談してアウトプットをやってみようか。なんでもいいから好きな本とかレクチャーとか


二〇二〇年一月六日

バイトをせがんでくる母親は今の僕の状況を知っているのか?仮に知っていたとしても真に理解してサポートをしてくれるのか?いや、そうは思えない。

「俳句をやる人ってわりとお金持ちの人が多いんです。政治家とか社長とか。中曽根康弘とかも句集を出してるんだけど、短歌を作る人は、ホームレスとか死刑囚とかね(笑)。あとは皇族ね。つまり、非社会的というか、社会の中にいない人ですね。それに対して、社会にシンクロして機能できる人が、俳句を作る傾向にあります。(穂村弘)」


二〇一九年一月七日

夜の図書館は危ないだろうなあ。休むうちにサボる可能性が高い。疲れると、もうこうなる。


二〇二〇年一月八日

僕が批評家を本業とするなら、短歌は余技としてプロ?というよりガチガチになる、賞のことを深く考えすぎない方がいいかもしれない。ストレスフリーのために。
そして、自分自身の自己投資のためなら極力バイトや余分なことをせずに求めるものに集中したい。


二〇二〇年一月九日

僕は短歌だけで自分の、ひいては文学、芸術等の歴史物語を作りたいのではない。活動の幅を広げたく、物語を作品全体として読み取らせるために、批評もやめられなくなる。僕は言語芸術家だ。自分だけの新しい文学者を目指すべくここに生きるのだ!


二〇二〇年一月十日

離人感というものだろうか。病気になった時が多いのだが、最近寝るときやらに体の感覚が体から離れ、浮遊する様な気分である。当然しんどい。なぜか苦しく感じるのはなぜだろうか。ちなみにこれは幼い頃であればあるほど多かった。
これが続くとまずいか?病院に行くべきか?


二〇二〇年一月十二日

あまり身体に負担かかるほどのストレスをかけるべきではないが、何をやるにしてもストレスがかかってしまう。
寝癖防止の帽子は頭にキツくてつけられない。


二〇二〇年一月十五日

無意識からの熟読が欲しい時もある。無意識、いわばそこまで頭を使わずに普通に本を読むことと速読とうまくバランスが取れれば良きではないのか?頭疲れてるから・・・。

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