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僕がレイオフされた時のことを話します

Twitterを眺めていたら、NYでレイオフにあった方のツイートを見かけました。

新型コロナの影響が経済にも出始めていて、早くもアメリカではレイオフが始まっているようです。予想はしていましたが、かなり早い対応です。

今の状況を不安に思っている人も多いと思います。

今日は、僕がレイオフにあって失業した時の話をしたいと思います。

僕は新卒から14年間アメリカで仕事をしてきた人間で、レイオフを含め過去に2度失業した経験があります。

僕のSNSアカウントはすべて実名なので、正直公の場でこんな話をするのはどうかなとも思います。

でも少しでも不安に思っている人の参考になれば、嬉しいです。

アメリカのレイオフは、日本と全然違う

アメリカの雇用契約は、「at-will」が基本です。「at-will」は、会社がいつでも自由に社員のクビを切ることがでるという意味です。

これは社員の側も同じで、ある日突然会社を辞めることができます。

アメリカの雇用契約は、雇用する側とされる側の関係が対等です。たがら、辞めさせる側も辞める側も、お互いに対等な権利を持っているという考え方です。

企業と社員との間の力関係を考えれば、明らかに社員に不利な契約に見えます。でもアメリカではこれが当たり前です。アメリカの労働者は、いつクビを切られてもおかしくないという現実と、うまく付き合っていく必要があります。

日本人がアメリカで働くリスク

Chihiroさんの就労ビザ関係の事情はわかりませんが、日本人がアメリカで働くためには永住権か就労ビザが必要になります。

日本企業のアメリカ駐在員でないとすると、オフィスワーカーで最も多い就労ビザはH1-Bビザです。

4年制大学以上の学位を持っている専門人材を対象とした就労ビザです。このビザは、アメリカの企業にスポンサーになってもらうことで発行されます。

H1-Bビザの所持者が失業した場合、失業してから60日以内に新しい仕事を探さないとビザが無効になってしまいます。それまでアメリカに何年住んでいようが、ビザを失った状態で住み続けると不法滞在になってしまいます。

さらに就労ビザで働いている労働者が失業しても、失業保険は一切適用されません。税金を支払っていた労働者であるにもかかわらずです。

不公平だと文句を言っても、そういう法律になっているので仕方がありません。日本人を含む外国人労働者にとって、アメリカで失業するというのは非常に厳しい状況なのです。

僕が経験したレイオフ

僕がレイオフにあったのは、2009年の3月頃です。2008年の9月に、リーマンショックという金融危機がありました。世界中で株式市場が荒れて、多くのの企業に影響がありました。

僕は社会人3年目で、株に投資をしていたわけではありません。個人的には株価が下がった影響はまったく無く、それほど危機感があったわけではありませんでした。でも2009年のお正月を越したあたりから、雲行きが怪しくなりました。

当時僕は、ロサンゼルスの会計事務所に勤めていました。会計事務所は企業がお客さんなので、企業のふところ事情が変わるとモロに影響を受けます。

先ず、会社のCEOから全社員に向けてEメールが送られました。

折れ線グラフで株価と会社の業績を比較したものが添付されていて、会社の業績が株価に大きく影響を受けるということを、淡々と説明している内容でした。

何の脈絡もなくそんなものが送られてくれば、察しのいい人なら意味がわかります。

「これから会社の業績が落ち込むことが予想されるので、その対応をしていきます。心の準備をしておいてネ♡」

というメッセージです。

それからちょうど1週間後、同期の女の子からメッセンジャーが届きました。

「私、レイオフされるかもしれない」

お客さんのオフィスで仕事をしていた彼女に、緊急の呼び出しがありました。

Outlookに代表社員との面談スケジュールが送られてきて、人事からパソコンを持ってすぐ事務所に戻るようにというEメールが来たそうです。

彼女は即日パソコンを返却し、そのままレイオフになりました。

それから2週間後、同じように他の同僚が相次いでレイオフされました。

僕は残っていましたが、3度めがないという保証はありません。

そして1回目のレイオフから1か月後、ついに僕のOutlookにも代表社員との面談スケジュールが送られてきました。

覚悟はしていましたが、さすがにショックでした。

代表社員との面談は、すごく事務的でした。僕の雇用契約が今日で終わることを告げられ、レイオフの条件が提示されました。

会社を訴えないことを承諾する代わりに2ヶ月分の給料を受け取るか、承諾せずに2週間分の給料を受け取るかの二択。

貯金がそんなになかった僕に、そもそも選ぶ権利などありませんでした。

その日の夕方まで少し時間があったので、部署内の同僚や先輩に挨拶のメールを送りました。

すぐ上の先輩は大声で泣いてくれました。部署のディレクタ―も、申し訳ないと涙を流してくれました。

必死で再就職先を探した

会社を訴えないことに同意したので、パソコンを返却したものの一応は社員の立場を2ヶ月維持できることになりました。

ビザが失効する60日のカウントダウンは2ヶ月たってから始まります。つまり、4ヶ月以内に次の仕事を見つけてビザの書き換えをしなければいけません。

H1-Bビザの更新をするには、僕の専門分野の能力を必要としていて、かつ費用をかけてでもビザ取得をサポートしてくれる企業から内定をもらう必要があります。

これができなければ、住んでいるアパートを引き払って帰国。慣れない日本で就職活動です。

かなりキビシイ状況です。

キビシイ状況ですが悲しむ暇はなく、僕はすぐに就職活動を始めました。

先ず、履歴書を3年分アップデートしました。そして先輩や上司、友達に事情を説明して助けを求めました。

レイオフされたことを知り合いに話すのは恥ずかしかったけど、そんなことを気にしていられる状況ではありません。

運良く先輩が紹介してくれた会計事務所から内定をもらい、4ヶ月以内にビザを書き換えることに成功しました。

レイオフをきっかけに人生が変わった

新しい仕事の勤務地は、ニューヨークでした。

レイオフをキッカケに転職し、ニューヨークに引っ越したわけですが、結果的に僕の人生は良い方向に動きました。

それまで勤めていた会社は、週末返上で週100時間以上働く状態が3カ月続くようなブラックな職場でした。

しかも会計士のような専門職は、新卒だろうと残業代は一切出ません。すべてサービス残業です。

同期が自分の給料を時給換算して、カリフォルニアの最低賃金を下回っているという知りたくもない情報を教えてくれたことがありました。

そんな過酷な労働条件でも、辞めるという発想はありませんでした。その会社に居続ければ、きっと代表社員になって数千万円の給料をもらえると信じていたのです。

今考えると、頭がおかしかったとしか思えません。

ニューヨークの新しい仕事も忙しかったですが、週末を楽しむ余裕はできました。

給料も、ちょっとだけ前より良くなりました。時給換算したら、2.5倍くらいもらえていたと思います。

僕はニューヨークに引っ越してからは体を動かす余裕ができ、食べ物にも気をつけるようになりました。

その結果、15キロの減量に成功しました。

人間15キロも体重が軽くなると、人生が変わります。

ブラジリアン柔術やトライアストンといった新しい趣味もできて、文字通りリア充のアラサー時代を過ごしました。

そして何より、ニューヨークで嫁と会うことができました。その後、僕と嫁は結婚してハワイに引越すことになります。

レイオフがなければ、僕の今の人生は無かったわけです。

そう考えると、あのレイオフは自分の人生にとって必要なイベントだったと思えます。


日本の雇用契約は、労働者に優しい

アメリカの、しかも僕の個人的な経験談を語ってきましたが、日本でもレイオフやリストラは起きる可能性があります。

しかし日本の場合、アメリカと比べてかなり労働者にとって有利な仕組みになっています。

僕のケースよりは、だいぶ余裕を持って対処できるかもしれません。

詳しくは、田端信太郎さんが動画で解説をしているのでこちらを見てみてください。

リストラにあったら

もしもリストラにあってしまった場合の対処方法を4つ、僕の経験をもとにご紹介します。

1.すぐに気持ちを切り替える
2.家族、友達、知り合いに助けを求める
3.身の回りのものを整理して身軽になる
4.自分を安売りしない

履歴書をアップデートするとか、転職エージェントに登録するといったアドバイスは、あえてする必要もないと思います。リストラされるまで待つ必要はりません。今すぐやってください。

失業手当をもらいに行くとかも、特に説明はしません。もらえるものは、キッチリもらってください。

1.すぐに気持ちを切り替える

もしリストラされたら、当然ショックを受けると思います。

「何で私が!」とか「何がいけなかったんだ!」とか、沸々と色んな考えがわいてきます。

1日くらいは、悲しんでも構いません。感情を吐き出すのにそのくらいはかかるかもしれません。でも1日悲しんだら、さっと気持ちを切り替えてください。

いくら悲しんでもリストラされた事実は変わりません。リストラされた事実はどうしようもないこと理解して、自分がやるべきことは何かを考えてください。

2.家族、友達、知り合いに助けを求める

失業したことを恥ずかしいと思う気持ちはよくわかります。僕も、めちゃくちゃ恥ずかしかったです。

でも、周りの人に隠すのはよくありません。どこから助けの手が差し伸べられるかわかりませんから、とにかく助けてくれそうな人には全員助けを求めるべきです。

僕の場合、ニューヨークの仕事は先輩から紹介してもらいました。それ以外にも、ディレクターが奥さんの会社を紹介してくれましたし、一度研修で会ったフロリダの同期にも会社を紹介してもらいました。

リストラのような非常時に頼りになるのは、プロのヘッドハンターより知り合いのコネです。自分を知っていて親身になってくれる人が、助け舟を出してくれます。

今だったら、SNSで繋がっている人から仕事のオファーが入ることもあるかもしれません。

ピンチの時は、恥や外聞を気にせず助けを求めたほうがいいです。誰かが助けてくれます。

3.身の回りのものを整理して身軽になる

これにはいくつか理由があります。

先ず失業したら一時的に金欠になります。お金はいくらあっても困ることはないので、実に回りのもので必要ないものは全部売ってできるだけ多くの現金を用意してください。

身の回りのものを整理する過程で、自分にとって大切なモノと、そうでないものがわかります。仕事が変わると、人生が大きく変わることがあります。自分にとっての優先順位がハッキリすると、人生の選択をやり易くなります。

僕の場合は、レイオフをキッカケにニューヨークに引っ越しました。どこにチャンスが転がっているかわかりません。身軽になって、いつでも動けるように準備をしておきましょう。

4.自分を安売りしない

失業中である、今すぐ仕事が欲しいという本音が見えると、相手の会社に足元を見られて買い叩かれます。せっかくの転職のチャンスなので、自分を安売りしてはいけません。

新しい仕事を探す時にリストラの事実を隠す必要はありませんが、聞かれない限り言う必要はありません。

僕のように社員の立場をしばらく維持できるのであれば、あくまでも転職活動をしていることにしておいてください。

僕もレイオフ後の2か月間は、前の会社の社員であるという立場を大いに利用させてもらいました。

面接は、仕事探しというあなたの問題を解決する場ではありません。相手企業が抱える問題を、あなたという人材で解決できると提案する場です。

自分の本来の価値に見合った内定をもらうために、自分がその会社にとってソリューションであるということをアピールしてください。

リーマンショックの時のように不況になると、どの会社も採用を減らすと思うかもしれません。しかし、これは必ずしもそうではありません。

不況に強い業態や、逆に成長の機会と捉えているような元気のいい会社は必ずあります。

アンテナを張り巡らせて、勢いのある業界や企業に飛び込んでください。

人生を変えるキッカケかもしれない

僕はリーマンショックでレイオフにあって、人生が大きく前進したと感じています。あの時レイオフされていなかったら、今でも週100時間労働で週末のない生活をしていたかもしれません。

同じ時期にレイオフされた同期や後輩のみんなも、今では以前よりずっと豊かな生活を楽しんでいます。

当時の僕は、自分で自分の人生を変えようという気概はなかったし、どうしたら変わるのかもわかりませんでした。

そんな僕の人生の歯車を、レイオフという事件が強制的に回してくれたのだ。

今はそう思っています。

しばらくは不安定な状況が続くと思います。

変化を恐れず、変化を楽しみましょう。


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