見出し画像

新生活で思い出す不思議体験 #2

新生活をきっかけにある女の子に出会った。

早稲田大学に通う女の子だ。当時まだ20歳過ぎ位だったと思う。新生活の拠点にした中央区小伝馬町には沢山の本を置いた広いガレージの様なカフェがあった。秘密の隠れ家の様に一目で高価だと分かるとスピーカーからセンスの良い音楽が流れており珈琲も美味い。(残念ながら2016年には閉店してしまった)スタッフも余計な会話をしない。原稿を処理しなくてはいけない私にとっては心地の良い距離感の店だった。

その日、件の女の子は酔っ払っていた。普段は優秀な学生で大学では社会経済や世界史の授業をとっていた。就職先は決まったのか?或いは、好きな本の話から彼女の推薦図書がハリーポッターであった事などと云った、たわいもない話からだったと思う。妙な告白を受けたのだった。

「実は、私、魔法使いになることが夢だったんです。小学生の高学年の頃にハリーポッターを読んでその世界観に自分も浸ったんです。空想し、いつの頃から自分も14歳になれば魔法界から使者が来て洗礼を受けて魔法学校に入学できる。そんな事を夢見ていたんです。でも残念な事に私の元には待てど暮らせど使者は現れませんでした。だから、笑われるかもしれないけれど、私は人間界で生きていく事を決めたんです」

私は当時交際していたガールフレンドからやはりその本=ハリーポッターが秀作であると勧められ借りてはみたものの最初の数ページを読んだままでいた。その他、仕事に優先するための本(例えば沖縄史や政治関係のレポート)を読み進め魔法の世界、その空想には入り込めないでいた。ただし、その本が秀作であることや世界的なベストセラーである事、作者がイギリス人女性であり、生活に困窮したシングルマザーであり、ある日啓示的なインスピレーションを受けて本の最終巻を書き上げ金庫に保管。第1章となる作品を書き上げた後、30近い数の出版社を周り苦労の末に世に出た事。またその作品が子供だけでは無く大人をも魅了した事柄はどこかで読みその様に記憶していた。

例えば魔法界とはどんな物なのか?酔いが回った女の子に質問をする。

「基本的に魔法界にいる魔法使いたちは子供なんです。年齢とか時間も人間界とは少し違うんです。一人前の魔法使いになる事を目指して魔法学校で訓練を受けています。魔法使いたちは例えば指をパチンと鳴らせばお掃除が出来たり部屋の片付けが出来ます、もちろん魔法では出来ないこともあるんだけど、魔法を使えない人間の事を少し小馬鹿にしていると言うか自分たちの方が偉いって得意げになってたりするんです。時々、人間の常識では考えられない事って起きるじゃないですか?その半分くらいは魔法使いの子供達が遊んで片付け忘れた跡だったりするんです」 

彼女の魔法界の説明には妙な説得力があった。特に出来る事と出来ない事があると云った点や子供的な感性で魔法を使って遊び合っているなど、不思議な世界観に整合性があった。

「時々、なんで自分は呼ばれなかったんだろうって今でも考えたりするんです」

私が励ます番なのだろう。日本語には不思議な言葉がある。例えば、"虫の知らせ"。わからないけど、もし魔法使いがいるなら魔法の事を好きだったり信じている人の周りにいてくれるんじゃないかな?英語でもそんなことわざがあるよ。『妖精なんていない、そう人が言う度に妖精が死んでいく』英文を直訳するとそんな日本語になるんだけど、意味合いとしては同じ様な事だよ。ことわざがあるってことはそんな風に考える人たちが少なからず居るって事だと思う。

合いの手の様なものだ。10歳位以上離れた、年齢を重ねた異性としては少しでも慰めに受け取って欲しく彼女を励ました。いつもより深酒をしたのか、或いはまだ自分にとって頃合いの良い加減を知らないのか、しばらくすると彼女はソファーに深く座ったまま寝息をたて始めた。カフェの閉店時間まではまだしばらくある。幸い店員もうるさくわない。私はパソコンのデスクトップに向かい文章作業に取り掛かっていた。

3月の静かな夜だった。文章の運びに気持ちが乗って来た時、私はふと視線と思考を奪われた。

誰も触っていない、テーブルの上のシルバーがカチンと音を立てたのだ。


✴︎✴︎✴︎

次の投稿に続く


✴︎ 


このnoteで新たな方々と出会い交流したいと思っています。

もし宜しければフォロー応援、拡散、宜しくお願い致します。最後までお読みいただき有難うございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?