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#6 なぜ陸前高田で製造しているのか?



渋谷区のサンドイッチ屋で生まれた
「TOKYO MAPLE BUTTER」



「TOKYO MAPLE BUTTER」はもともと、
私が経営していたハンバーガー&サンドイッチの専門店「ベイス」(東京都渋谷区)のキッチンで製造していました。

ベイスのサンドイッチ

はじめての緊急事態宣言下、
東京都の休業要請に従い2ヶ月の完全休業。
ひっそりとしたキッチンで一人コツコツ
「TOKYO MAPLE BUTTER」を試作開発するところからはじまりました。(詳しくは noteマガジン 「起業する勇気がわく話」をご覧ください)

ハンバーガー&サンドイッチのキッチン


クラウドファンディングを経て事業化


クラウドファンディング記事(リンクあり)


カナダ名物メープルバターの奥深さに魅了され、そんなメープルバターは
日本では製造をされていないことを知ってからは、挑戦欲が点火しどんどんとのめり込んでいきました。

同時にサンドイッチ屋さんを経営しながらずっと感じていた「ヴィーガンのあったらいいな」をカタチにしてみたいという想いが日に日に強くなっていきクラウドファンディングに挑戦する決意に至りました。

100%オーガニック&ヴィーガン


クラウドファンディングからつながる想い



クラウドファンディングではありがたいことにたくさんの方にご支援いただき以前の体制では安定した在庫を持つことがむずかしくなっていきました。

お待たせしてしまうことが続いてしまったため、
想いを共有していただき製造を委託できるパートナーを早急に探すこととなりましたが、カナダの名物であるメープルバターは日本で初めての製造、新規の取引ということもありパートナー探しは難航。

そんな時、
クラウドファンディングでもご支援いただいた岩手県陸前高田市の「おかし工房木村屋」のオーナーから一本の連絡をもらいました。


おかし工房木村屋


『うちで TOKYO MAPLE BUTTER の製造をやらないか?』


実は、木村屋のオーナーは私の従兄弟であり、陸前高田市はわたしの父の故郷でもあります。震災では菅原家も少なくない親族を失いました。

木村屋のオーナーからとてもありがたい連絡をもらい、商品開発及び製造委託のために陸前高田に頻繁に出向くようになりました。

東日本大震災から11年が経過した街には灰色と茶色を混ぜたような一面の更地が広がっていました。人口減少とともに被災地の未活用地区はなんと70%以上とも言われいわゆる「過疎地域」に位置付けられている。正直、復興が成功したとは言い難い景色に驚きました。

陸前高田市に広がる一面灰色のかさ上げ地
(未活用地区)


本気で挑むこの事業のエンジンは
ここで稼働したい



自分の知らなかった父のことを見聞きし
震災で亡くなった自分の親族を想い
復興バブルと揶揄され10年が経ち
コロナとともに少しずつ街の活気が萎んでいく
そんな自分のルーツ「陸前高田」を知っていくことで自分の中に1つの想いが湧いてきました。

復興支援とかボランティアとか寄付とかではなく

自分が成し遂げたいことに向かって走る
チカラというかエンジンというか
そういうものを
父の故郷であり自分のルーツでもある
陸前高田という街で全力で稼働してみたい。

復興「支援」ではなく
自分ごととして、
ここで達成感を味わいたい。

その結果が、新たな雇用の創出につながればそれは素晴らしくうれしい。


そんな想いを汲んでいただき
本業である自社商品の製造に忙しい中
製造にご協力いただいた
木村屋さんが作る今の「TOKYO MAPLE BUTTER」はさらにさらにパワーアップしています。

日本唯一のメープルバター
「TOKYO MAPLE BUTTER」をぜひお楽しみください。




produced by


TOKYO MAPLE BUTTER
100%オーガニック&ヴィーガン
おいしい+こころもカラダもうれしい。
たのしみかたレシピWebで公開中
🥄


web:「TOKYO MAPLE BUTTER
instagram:@tokyomaplebutter

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