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連続短編(リライト) 『時空整備士が天国に収容された二十四時間の記録①』


1.〈到着〉 実験開始

 時走車がワープスポットを潜り抜ける。
 着時点、エリア特定不可能。時走車・アイデンティファイともにエラー表示はない。それどころか、着時点には時象異常すら確認されない。
 時象異常なし。時空整備士こと〈OPENER〉が、そのような現場に派遣されるわけがない。言葉を交わさずとも、我々は奇妙に思った。

 時空整備士の仕事は多岐にわたる。
 時空終極線の先を目指す航路開拓事業。パラドックス化した時空航路の航行整備。飲み込まれたら最期のタイム・クレバスや、空洞化した時空間ドリーネの補修工事。時空界にてたまに出くわす時空遭難者の救助。
 時空間闘争で瓦解した時空遍在幻質性・エレクター建築物の再構築のため、建築課との協働要員として駆り出されたり、閉ざされた鉱山のような忘却された時層の硬い時質を発破して、遺物を収拾し分析課に回すのも我々の仕事だ。
 そういう仕事をするために、時走車に乗ってやってきたはずだった。

 よって、異常がないことが異常。
 私たちはアイコンタクトをし、まず先輩社員──鵯覚が時走車を下りた。鵯さんは、結社〈摂理の膝元〉時空整備課において、基本的にツーマンセルで行動する〈OPENER〉として共に実務にあたる相棒でもある。
 経験豊富なかれが先に着時点に降り立ち、状況の判断をくだす。危険はないらしく、短く手招きをされる。私も直前まで緊急発出状態を保っていた時走車を完全停止させ、その場に降り立った。


2.〈発見〉 実験開始三十分経過

 時場と自我統合に齟齬なし。
 私──君影成実は、隣に立つ鵯覚と同じ呆けた表情をしていたことだろう。

 白い空間に清潔で生活感のない居住スペースが確保されている。およそ我々〈OPENER〉が模倣する〈トゥア・ロー〉(かれらが自称するところの人間:ヒューマン)による、電子通信分野における急発達時代以降の、先進的文化様式に値する。

「俺たち、確かに現場に向かうワープスポットに入ったはずですよね?」
「ああ。円環状因果空間か閉鎖空間に飛ばされちまったらしいな。脱出するには来た道を戻るしかないが」
「転送専用でしょ、我が社のワープスポット。行きの燃料しか積んでねえ戦闘機かよって感じですよね」
「古い話だな。……通信不可。リライ(救助要請)だけしとくか」

 十二帖ほどの個室が、我々の目の前に開けている。質の良い敷き物、寝具、テーブル、ソファ、クッション。リラクゼーション効果のある観葉植物、自然風景の描かれた壁掛け絵画。各種電化製品や機器類などが整えられ、モデルルームのようだ。奥には冷蔵庫や自動調理機付きのキッチン、浴室、手洗い場まであるらしい。

「快適な部屋ですねえ。俺こんな部屋に住みたいなあ。お、先輩、なんかメッセージありますよ。なになに、“きっかり二十四時間後にこの空間を開錠する。空間内の実体はすべて時空遍在幻質からエレクターを用いて物性化・生成されたインスタンスであり、時質は安全だ。諸君らに二十四時間の完全に自由な拘束時間を与える。インスタンスを十分活用し、自己保全に勤めよ”。……身内の犯行じゃないっスか、これ」

 私はテーブルに置かれていた伝達記録再生機器の内容を読み上げ、呆れ返った。鵯さんも苦笑を浮かべている。

「完全に自由な拘束時間、ねえ」
「何しても良いんですかね」
「と言われてもな」

──君影。
 と、鵯さんに精神感応により呼びかけられる。滅多にないことだ。
──君影、心配ないとは思うが、上層部に監視されているのは明らかだ。余計なことは言うなよ。
──分かってますって。上はなにかと実験、観察がお好きですからねえ。俺らのことを実験動物みたいにして。
──だからそういうこと言うなっていうの。

 精神感応は二者間同士の完全にプライベートな交信ではなく、あくまで「小声で話す」程度の保証しかない。〈摂理の膝元〉が我々の精神感応の内容までも把握している可能性は充分ある。
 ともかくだ。

「ひとまず状況は理解できましたし、室内を点検してみましょう」


3.〈快癒〉 実験開始一時間経過

 鵯さんが個室の点検をする間に、私はキッチンや浴室などを観てまわる。あのワンルームもだが、これらの生活設備も非常にハイクオリティだ。少なくとも、私たちに与えられている社寮よりも明らかに。
 浴室の戸を開けて思わず歓声が漏れた。

「すっげぇ、先輩、ちょっと来て見てくださいよ! 温泉ありますよ温泉! やばくないですか!」
「あー、いいな温泉。俺入る」

 かれが即答したのも無理はない。それはまさしく一般家庭の風呂というより温泉と呼ぶべき広さと風情だった。
 湯船から立ち上る湯気に交じってほのかに檜の香りがするところから、インスタンスの現実強度がかなり高いことが窺える。

 我々、普段から〈模倣駆動〉、ひいては「トゥア・ロー理解」のために着装身体を酷使する精神生命体である。
 〈模倣駆動〉は怠ると時に重大な駆動不全を招く。要は身体操作が不可能になる。トゥア・ローに似せて造られた我々の固着人体は、かれらの生活営為を真似ることによって時空先駆性(マインド・モビリティ)、駆動力を得る。
 私にはこのシステムの合理性がまったく分からない。
 分からないが、〈OPENER〉の共通認識として入浴による快癒は「是」とされている。だから私も喜ぶ。

「俺も入りたい。あ、交代にします?」
「広いからいいだろ別に。気になるんなら先に入ったらどうだ」
「全く気にしません。やったー温泉! 久しぶり! あ、先輩、スーツはこちらに。ハンガー掛けてきますよ」
「有難う。しかしすごいなこれは……」

 浴場内は適度にあたたかだった。
 贅沢な、たっぷりとした湯が蕩々と湧いている。浴場独特のくぐもった声で、鵯さんは機嫌良さそうに語る。

「そういや、おまえ昔から好きだよなあ、身体感覚全部使う系。おまえくらいの若い〈OPENER〉だと気持ち悪い、慣れないっつって嫌がる奴が多いぜ」

 私はしっかり泡立たせたソープでこすらないように優しく洗顔しながらそれを聴く。泡をぬるま湯で洗い落としつつ、少し考えてから返事をした。

「同期は確かにそんなのばっかりですね。関係あるかわかりませんけど、俺、精神生命体時代は野良だったんで打ち捨てられてたDroidを義体にしてた時もありましたし、そこらへん図太く出来てんですかね。……あー、気持ちいい。足伸ばして入る風呂って最高っすねー」
「あ、ちゃんと身体洗ったか? 入るの早えぞ」
「洗いましたあ、なんですかその言い方、保護者みたいに」

 鵯さんが咄嗟に口にした言葉は、実際、かつて私がかれに拾われて、生活に関するさまざまな教育を指導され、〈OPENER〉となるための養成施設で訓練を受けるまでの、あの頃の話し方そのものだった。
 そうだ。かれは私の保護者でもあった。だが、はるか昔の話だ。今でも思い出す、時空航路工事現場で、重機が放っていた眩しい光。光を背にして、かたちのない私に、初めて語りかけてきた鵯覚の姿を。
 私はもうあなたに見守られるだけの存在じゃない。

 ざぶんと鵯さんも湯船に浸かった。顎まで湯に潜りながら、小さな声でぶつぶつ言う。

「おまえ妙なとこで潔癖なくせにこういう時アレだよな。あんまり自分のことを、なんつうか……」
「アレって何すか?」
「ういー、あーこりゃ良い湯だ」
「アレって何すか先輩、ねえ」

 鵯さんが言いたいことはなんとなく分かったが、こういうことを追及しても、かれは答えてはくれない。いつもそうだ。
 我々は湯船に身を任せ、溶けそうな着装身体の感覚と、その内部に居る〈本体〉の己もろとも瞑目し、沈黙した。

(続)

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時空土木業を生業とする男性身体・本来性別無し人間模倣生命体による、テクノ・ファンタジーのバディもの。2017年の鵯覚と君影成実のダイアログ(https://privatter.net/p/2282338)に、地の文と幾つかのエピソードを加筆して連続短編としたものです。一部設定の変更等があります。初めて読まれる方にもなんとなく設定や人間関係が分かりやすいように書いたつもりです。

 ↓次回はこちら。


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