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どこからか運ばれてきた風の匂いを勝手に享受していいものか

「ドンッドンッ」

ベランダに誰か居るのか?
朝から騒がしくベランダから音がする。
気持ちの良い目覚めとは言えず、少し物騒でもある出来事が朝から舞い込んできた。睡眠の質を上げるために奮発して買った遮光カーテンでは外に人影があったとしてもわからない。

僕の部屋は2階だから誰かがベランダに忍び込んでもおかしくは無い。
ただ、かなり築年数の経過したマンションはオートロックが付いていないから堂々と玄関からやってくれば良い。
それなのにベランダから挨拶をするとなると何かしら事情があるのだろう。
そう考え始めると恐怖心以外の”心配”といった感情も出てきた。

「さっむい」
そう言いながら疲れの取れない体を起こし、まだ布団が僕のことを離したくないと言っていることに対して申し訳ない気持ちを奮い立たせカーテンを開ける。

ベランダには誰もいない。

それなのにまだ「ドンッドンッ」と音がする。
カーテンを開けた窓からは普段見慣れない角度から日差しが差し込み、眠気を飛ばすどころか視界を真っ白にした。
一瞬のまばたきが長く感じた。
朝日が照らすベランダ越しの景色は倒れていることが正しいかと思うほどに見渡す限りの自転車は倒れ、電線が縄跳びのように揺れている。

「あの音の正体は風か」

今日は洗濯物がよく乾きそうだと思いもしたが、どこからか転がっていく空き缶を見て洗濯物が飛ばされた方が面倒だと危機管理をする。

もし自分が小説の主人公ならベランダで知らない生物が怪我をしているか、朝日に目が眩んだタイミングで異世界転生をしている。
しかし、何者でもなく不器用で転職活動のエントリーメールも埋もれる一般人にはこれ以上のことは起こらない。

ここから見える景色が現実で目と鼻の先にある外の匂いすらわからない。
時間を確認するつもりで開いたスマホに囚われ今日も他人の話に耳を傾ける。