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第178話:あっという間

車を買った。乗っていたワゴンRのエンジンオイルが2週間も乗るとカラになり、そのたびに500mlほど足さなければならなくなったからである。

懇意にしている自動車屋は「車検まで頑張れば」と言ってはくれたが、一応13万キロ走ったし、転勤して通勤距離も往復で50キロに延び、試合で遠出することも多く買い替えるならとにかく燃費の良い車が欲しかった。

そんな希望をその自動車屋に伝えておくと「トヨタのアクアが入ったのでどうか」という連絡が来た。「パールホワイトでグレードは一番上、距離は4万キロ弱だが頗る状態がいい」と言うので即決した。

テレビもナビもついているし、「スマホありますか?」と言われ、されるがままにしていると、スマホにかかってきた電話が車のモニターで話ができるようになり電話帳も転送された。スマホのアプリの音楽も聞けるらしい。
僕にはもったいないほどの車である。

思い返してみると軽自動車ばかり乗っていて、ワゴンRの前はホンダのLIFE。その前はホンダのtoday。その前はやっぱりホンダのtoday。その前はダイハツのミラ。普通自動車は免許を取った直後、兄貴のお古をもらった三菱のミラージュ以来ということになる。

清貧を貫いてきたと言えるだろう。

2日ほど乗って燃費を測ってみると最低でもリッター25キロ以上は走る。今までがまるで嘘のような走りである。「文明は進歩している」と思わぬ感慨が胸を走ったが、でも今回はそんなことを書こうと思って筆を執ったのでもない。

読者の皆さんにもそういう感覚があるのではと勝手に思ってみるのだが、物を買い替える時、何故かふと「何年使っただろう」と思うことが多い。
このワゴンRも思い返してみると10年乗った。
なんだかあっという間の10年だったような気がする。

ついこの間も電子レンジが壊れて買い替えた。
カミさんは「19年使ったわ」と感慨にふけっていた。
数年前に壊れた電気炊飯器も結婚したときに買ったものだった。

僕の机の足元に置いていたファンのついた電気ストーブは、毎冬、たぶん30年以上も僕の足を温めてくれていた。
昔の物はよくできていてモチがいい。ファンが送ってくれる温風の具合もなかなか良かったので、同じものを探したが、当然のように存在しなかった。
学生の時に買った下宿用のタンスや食器棚はまだ健在で、40年使っていることになる。

電気製品や物だけではない。この借家に引っ越して27年。御殿場に住み始めて30年。息子が生まれて31年。教員になってから38年。勤続年数などを書類に書くときには「38年も本当に経ったのか」と仰天してしまう。

それだけでない。テレビを見ていて昭和のニュースなんかが特集されると、昨日のことのように思い出せるのに、もう35年も前のことだったりする。
田中角栄も沖縄返還も、もうすでに日本史の教科書の中の出来事である。

生徒との話題もすれ違う。
夏目漱石の「こころ」の授業で主人公の心理(Kの弱みを握った主人公の「K要塞の地図を手に入れた」という比喩)をスターウォーズの「デススターの設計図」で説明しても当然、通じない。

音と訓の話をしていて「鉄」の訓読みを説明するのに「空にそびえるくろがねの城」などとマジンガーZの歌を歌ってみても、当然通じない。
9.11でさえもう彼らの実感にはない。3.11がかろうじて共有できるくらいだ。

平成生まれの高校生が入学してきたときにも脅威を感じたし、2000年生まれの生徒が入学してきたときには恐怖すら感じた。
ここ数年3年生を担当することが多く、慌ただしい。センター試験のカウントダウンなどに付き合っているうちにあっという間に時は過ぎ、振り返ってみると自分は60歳を迎え、この3月で定年になるという地点に立っている


話は変わるが、3年前の9月、姪の結婚式があった。葬式ばかりで結婚式に出ることなど本当に珍しくなったが、相手の男性は鉄道整備士で彼女が駅に止めていた自転車のカギを落とし、それを拾った彼と電車のホームで出会ったのがきっかけだったという。彼氏、彼女のいない人は、自転車のカギを落としてみるのもいい方法かもしれない。
それはどうでもいいのだが、次兄の娘である彼女は26歳。ふと考えてみたら、それは僕が結婚した歳だった。あれから33年が経過し、ということはカミさんと33年一緒にいるということになる。
バカなことだが、そんなことに気づいて、ちょっと呆然としてみたりした。

いろんないいことがあり、いろんなすれ違いもあり、幸せにしてあげようなどという大それた気持ちがあったわけではないが、大事に一緒に生きようとは思っていたのに何だか大事にしてあげられなかった。

定年が近づけば仕事は楽になるかと思っていたが、忙しくなるばかりで、深夜まで教材を作り続け、部活で休日もなく、夏は太陽に照り付けられ、冬は寒風に身を縮め、帰ってくると口を開く気にもならない。

金もなく、家も建たない。車をこうして買い替えるのも清水の舞台から飛び降りるような気分。老後はカミさんと小さな家に住んで、あったかくのんびり暮らしたいと思っていたが、それも叶えられそうな気がしない。


何だか寂しいので、僕は毎晩酒を飲み、ほろほろと酔って、その寂しさを「まあいいか」と思うようにし、外に出て煙草を吸いながら月を眺め、
「俺の悩みも、ボクの存在も、ちっぽけでたいしたものではない」
と思い、寝る前に猫を撫でながら
「お前も俺も何だかよく分からないけど確かに生きてるよなあ」
と語りかけることを日課としている。

猫はただ気持ちよさそうな顔をするだけだが、猫というやつは、そこが優れた生き物なのだとも思う。この猫との暮らしも10年になる。

もう十年 おまえといるか 拾い猫

といったところである。

あっという間に時が過ぎていく。
あっという間にまた10年が経つのだろう。
いつまでカミさんと猫とこうして暮らせるか、そんなことを思う日々である。


■土竜のひとりごと:第178話

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