第236話:老いらくの恋
例によって遠回りになるが、つまらないことが気になることがあって、ある時「国語辞典の一番最後に挙げられている語は何だろう」と、ふと思った。
五十音の一番最後はご存知のように「ん」。
「ん」から始まる自立語は存在しないわけで、しりとりをしたとき「ん」がつくと負けになるが、辞書には「ん」で始まる語が載せられている。
■『広辞苑』(第4版)では、「ん」に関する項目は次の7項目。
当然、助詞、助動詞が基本。恐らく辞書としてはこの辺りが順当な採択語なのだと思うが、一番最後の語は「んとす」だった。「むとす(~しようとする)」である。
■『日本国語大辞典』では、14項目。
鬱陶しいと思うので拾わないが、『広辞苑』の項目の詳しい区分と、「んじゃった」「んだ」などの方言や、口語、俗語の用例が採られている。
さすが『日本国語大辞典』である。
それで、一番最後の語は、やはり「んとす」だった。
■『新明解国語辞典』では10項目。
ところが、この辞書は前二者と同様、「んとす」を採ったあとに、「んぼ」をその最後に採っている。「んぼ」は、造語で「ん坊」の短呼と記されている。「甘えんぼ」「さくらんぼ」の「んぼ」である。
やはり『新明解国語辞典』は挑戦的な辞書なのかもしれない。
『新明解国語辞典』の説明がユニークなことはよく話題になる。
例えば【恋愛】は次のように書かれている。
【恋】も似たニュアンス。
なかなか「恋」の強迫性のニュアンスが色濃く具体的に記述されていて面白い。
僕なら、こんなふうに書くか?
ジェンダーフリーの時代では、もはや「異性」は誤りなのかもしれないが、『新明解国語辞典』が若者当事者の視点に立っているのに対して、これは「結婚」を経験した者の、やや悔恨を含んだ解釈であるかもしれない。
もはや「恋」など無縁だが、ひょっとすると「老いらくの恋」の可能性もあるかもしれない・・。
そこで、【老いらくの恋】を引いてみるが、「老いらく」の項目に「老年の意の雅語的表現」とあって「老いらくの恋」の例が引かれているだけで面白くない。
ちなみに【老人】が何と書かれているか引いてみた。
なかなか良いことを言っているが、こう言われてしまうと「老いらくの恋」は無味なものになってしまう。
この「老いらくの恋」というフレーズは、昭和二十年代、当時68歳の歌人川田順が、弟子で二回りも下の人妻との恋愛に落ち、こんな序章を書いて『愛の重荷』という恋歌を送ったことに由来すると言う。
これを辞書に採るとすれば、
ということになるだろうか。
斉藤茂吉も52歳で28歳も年下の弟子と恋に落ちたが・・
川田順68歳・・「オレだって、まだ61歳だ」と、そんな勇気も甲斐性もないくせに、ちょっドキドキしてみたいなどと思ってみたりしてみた次第である。
もしご興味あれば、ごらんください。
■土竜のひとりごと:第236話
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?