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第162話:日本一周一筆書きの旅

毎年夏には5日ほどの休みを取ってツーリングに出かけていた。

しばらく東北地方を気ままに走ることが多かったのだが、数年前、糸魚川を上って日本海を西し、能登半島を回って金沢から木曽へ下りてきた。
意図してはいなかったのだが、今まで走ったルートが日本海側を青森から金沢までつながったので、ならば日本列島の一筆書きに挑戦しようとふと思い立った。

そこで翌年は京都から丹後に上がり、山陰を走って下関で折り返し、山陽を広島までつないだ。ならば今年は四国を一周しようと思い、酷暑にへこたれそうになる自分を叱咤して、それでも出かけたのであった。


初日はとりあえず四国の入り口まで行ければいいと淡路島に入って一泊。

翌日、鳴門大橋を渡って四国に入り、鳴門に入ったところのローソンで朝食を取った。朝食といってもおにぎりとサンドイッチを店先の駐車場でかじるだけであるが。
その後はとりあえず四国の東海岸を室戸岬に向かって走る。徳島市街を抜けるまではやや込んだが、あとは快調で、きれいな海を左に見ながら四国の海岸線を下っていった。

あと少しで室戸岬というところで給油をしようとガソリンスタンドに入ったのだが、そこでその「出来事」は発覚した。
全財産、現金は勿論、クレジットカードやキャッシュカードまでを入れたバックがないことに気づいたのである。

一瞬真っ白になったが、ほとんどを走り続けていて、そのバックを外したのは朝食を取ったローソン以外にあり得なかった。
自分の足の間にあるガソリンタンクにマグネットではり付いているバックなのであって、それがないことに気づかずに走り続けていた自分の無能さに嫌悪感を感じながら、しばし途方に暮れた。

しかし、そのローソンに戻るしかない。旅を続けるにも、家に帰るにも、お金がなければどうにもならない。
ポケットをさぐると、天の助けか、500円が入っていた。それで給油する。100キロ強走ることができれば何とか鳴門まで戻れるだろうと思い、来た道を引き返す。

何とかあって欲しいと思う僕の脳裏に、嫌な記憶がよみがえった。実は、この経験は今回が初めてではなかったのである。


その夏は、平成18年、やはり一筆書きの旅をしようと、ひたすら北にのぼって青森の大間まで行き、そこから太平洋側を時間の許す限り下りて来よう、大間に行ってまぐろを食べてみたいと考えたのであった。

中央高速からできかけの圏央道をつないで関越へ、そこから一般道を東に走って東北道へ乗ることにした。天気は良好。快適だった。

しかし関越道を下りるとき、悲しい出来事が起こった。

料金を払おうと財布から5千円を出した瞬間、一陣の風が起こってその5千円札が宙に舞っていってしまったのである。あっと思ったが、5千円札は見る間に飛ばされていき、反対車線を越えあっという間に視界から消えていってしまった。追いかけようにも、どう考えても回収は不可能であり、諦めるしかなかった。

寂しい思いになりながら、関越を下り、それでも東北道を目指した。
ただ、それはここで起こる悲しい出来事のほんの予兆でしかなかった。

東北道に入り、佐野のSAで給油し、遅い昼食を取る。
ちょうど甲子園の決勝がテレビ中継されていて、忘れもしない、8月21日、あのハンカチ王子(斉藤)とマー君(田中)が壮絶な投げ合いをしていた。

試合は終盤で9回に入ると観衆はみんな総立ちになって食い入るように画面を見つめ、歓声を上げている。こんな緊迫した熱戦はなかなかない。球史に残る試合だろうと僕も思わず夢中になって観た。結果は早稲田実業が勝利。ため息や歓声が起こり、熱気が収まらぬその余韻を楽しみながら、SAを後にして、再び北を目指した。

しかし、思えば、ここでその「出来事」は既に起こっていたのである。

福島の手前のPAで休憩し、缶コーヒーでも飲もうと財布を探る。
しかし財布が見あたらない。
ポケットも鞄の中も探してみるがどこにもない。走っている途中で落としたかと思ってもみたが、財布はウエストポーチの中に常に入れられており、走行中に落とすようなことはない。

佐野のSAで給油したからそこまでは確かにあったはずであると考えたとき、ふと思い付いた。
僕は佐野のSAでテレビに背を向ける形でラーメンを食べ、そこにグローブと財布を置いたまま、振り返ってテレビの野球の試合に見入っていたのである。

あそこで取られたに違いない・・。

確かにそこしかなかった。おのれの不覚に痛恨の悔いを感じながらSAに電話をしてみるが、届出があるはずもない。お金がなければ高速さえ降りられないと悲嘆に暮れながらも、料金所で事情を話そうと福島ICまで来ると、料金所の脇に高速警察の事務所が併設されていた。

中に入って事情を話す。いろいろ聞かれた後で、やや荒っぽい主任さんが「規則では貸かせられないんだが俺が個人的に2万円貸すから、あんたはこれで帰れ」と言う。
ありがたかった。が、せめて帰路であれば諦めもついたであろうが、まだツーリング初日、福島までしか来ていない。諦めきれない思いで、しかしどうすることもできずに高速警察を後にする。

財布の中にはすべてが入っていた。現金、カード類、免許証まで。分散しておくべきだったと後悔しても既に後の祭である。

もう夕暮れが迫っていて、とりあえず一泊して明日帰ろうとインターを出てホテルを探していると、高速警察から電話があった。
「那須で財布が見つかった。詳細はわからないが期待しない方がいいそうだ。今夜那須ICの事務所に一時預かりになるが、明日になると那須警察署に送らなければならないので、今夜のうちに行ってはどうか」という内容だった。

行かない手はないと、夜の高速を那須に向かって引き返す。期待できないとは言われていたが、せめてキャッシュカード1枚残っていれば、また青森に向けて折り返すこともできるとわずかな期待を胸にひた走った。

そして那須で財布と対面した。
しかし、それは見るも無惨な姿をしていた。

高速道路上に捨てられていたのをパトロールの車が見つけてくれたということであったが、何度も車にひかれたのだろう。外形はボロボロに崩れ、中身はほとんど抜かれていた。
身分証明書と5円玉が一枚と1円玉が2枚が残っていたが、身分証明書はぐちゃぐちゃになっており、1円玉と5円玉は可哀想なくらいねじ曲がっていた。

悲しいとはこういうことを言うときに用意された形容詞である。


だから、今回、四国でバックを置き忘れたと気づいたとき、この記憶が鮮明によみがえったのである。
「またやってしまった」なんて俺はバカなんだ、と思うと同時に、今度もまた四国を回ることを断念して帰らねばならないのかという痛恨の思いが胸を締め付けたのであった。

皆さんは財布が落ちていたら、それを届けるだろうか?

僕は激しくそれを問いかけてみたい。
当然?でも、もし財布の中に17万円入っていたら?以前書いたことがあるが、僕は17万円が入った財布を拾い、それを正直に届けたのであって、そんな素晴らしい僕にとってこの「出来事」は悲しすぎるものであった。

ズタズタになった財布の記憶を思い出しながら、でもそんな人ばかりではないだろう。今回はなぜか出てくるような気がする。そんなことを思いながら、鳴門へ引き返す道を僕はバイクに乗っていたのである。

果たして結果は?朝食を取ったローソンに引き返してみると、それならお客さんが届けてくれ、既に警察に届けてあるということだった。その足で警察署に向かうと、バックはその中身がそのままのかたちで届けられていた。ありがたかった。しかも届けた人は何の謝礼も求めず、持ち主に返ればいいと、名前や連絡先も届けていなかったとのことである。

僕の中で再び人間に対する信頼がむくむくと復活した。
空も海も青くきれいに見えた。時間は相当ロスしたが、おかげで僕は四国一周の旅を断念することなく、無事旅を終えることができたのである。



ついでながら、もうひとつ質問してみたのだが、皆さんは財布をなくして困っている人がいたら、お金を貸してあげるだろうか?
これは賛否相半ばするところかもしれない。

福島の高速警察の主任さんもお金を貸してくれたが、実は、この四国の旅でもお金を貸してくれた人がいた。室戸から鳴門に戻る途中、早く連絡した方がいいかもしれないと、道の途中にあったローソンに立ち寄って鳴門のローソンに連絡を取ってもらうとした。

朝ご飯を食べたローソンのレジートもすぐに捨ててしまっていたので、どこの店か特定もできなかった。応対してくれたのは、親切な女性で、本部に電話して鳴門のローソンをピックアップし、それぞれの店舗に確認してくれた。
結果的にはどこの店にもそういう落し物の届け出はないということだったのだが、これは僕がそれがローソンプラスという別系列のローソンだったからかもしれない。

そのときである。彼女は「もしよかったらガソリン代だけでも貸しましょうか」と言って1万円を差し出してくれた。
レシートの裏に自分の名前を書き、レシートに書かれた店の住所を示して、「ここに送ってくれればいいです」と言って僕の名前も住所も聞こうとしない。

ありがたく貸していただくことにし、自分の住所と名前を伝えたが、困っている身にとっては、地獄で仏を見るような心持ちだった。
このお金はバックが見つかって、再び室戸に向かう道でお返しした。「あってよかったですね」と彼女は我が事のように喜んでくれた。

そこで再び聞いてみたいのだが、皆さんは財布をなくして困っている人がいたら、お金を貸すだろうか?



話があちこちして申し訳ないが、この四国の女性の善意に接した時、ふと再び僕の記憶によみがえった「もうひとつの出来事」があった。

それはまだ草薙の図書館に勤め東名通勤をしていた時のこと、由比のPAでひと休みしていると、30代くらいの男が近寄ってきて、次のSAまで乗せて行ってほしいと言う。
「いいよ」ということで車に乗せ、道すがら話を聞くと、岡山から来た。貸金業か何かの仕事を立ち上げようとしているところで、打ち合わせのため静岡に来たのだが、財布を落としてしまった。横浜に行かなければならないので、ヒッチハイクしているのだと言う。
身なりはさほどきっちりはしていない。Gパンに上着、髪の毛はやや長く、煙草のにおいがする。
 
少し危険なにおいもしたが、ことば遣いも丁寧で仕事のことを語る様子がとても熱心だった。それで、余計なことかもしれないと思いつつ、困っているならお金を貸そうと、東名を降りて新富士駅まで一緒に行き、お金と名刺を渡した。

男は「貸してもらえるんですか?ただ、今月は返すのが難しいので来月になってしまうかもしれません」と言うので、「それでいいですよ」と言って車を降ろした。
車を出すと、男がバックミラーの中で深々と一礼するのが見えた。笠地蔵のおじいさんのように満ち足りた気持ちになって、僕も家路を急いだのであった。

結末は・・、おおよそ想像していただけるかもしれないが、にもかかわらず、結局お金が返ることはなかった。何か事情があったのか、初めから返す気がなかったのかも分からない。いまだに何の音沙汰もない。

さて、そこで三たび質問してみたいのだが、皆さんは財布を落として困っている人にお金を貸すだろうか?

いろいろな人がいる。お金は おっかねー! とくだらぬおやじギャグをかまして長きに渡ったこの話を締めくくりたい。



全くの蛇足になるが、四国へ行く前、休暇を取るために上司に「バイクで出かけるので事故にでもあった時は後のことをよろしくお願いします」と言い置いて出かけた。もちろん冗談ではあるが。
ところが、落とした財布が警察に届き、中に入っていた名刺からまず職場に連絡が入ったらしい。電話に出たその上司は徳島警察署からだということで驚き「土屋という人物がそちらに勤務しているか」と問われて、「ああ土屋さんはとうとう・・」と思ったのだそうである。

以上、お金を貸す、貸さない、についてのエトセトラである。

■土竜のひとりごと:第162話

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