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第87話:結婚と旅行と我が家

テレビの旅番組を見るのが僕は好きで、その類いの番組がかかっていると何だかついつい見てしまう。
雪解けの清流のせせらぎ、春の見事な桜、山間の鄙びたたたずまい、秋の紅葉、苔むした道やそれをたどった先にある温泉宿、ひっそりとしてそれでいてゆったりと流れる時間、宿の窓がら望む山々の雄大な姿。
いくら書いてもきりがないが、どんな豪華なものを見せられても買ってみたいなどとほとんど思うことのない僕も、そうした番組には、思わず、行ってみたい、のんびりしたいと思い、うっとりと見入ってしまう。

無論、物理的に時間も金もない僕らにテレビで紹介されるようなRICH旅行は出来ようもないわけだが、カミさんも旅行好きとあって、金と時間を何とか絞り出して旅行に出掛けている。

古い話になるが、新婚旅行は、それでもエジプトに行った。本当はカミさんはインドに行きたかったらしいが、食あたりが恐いので新婚旅行でインドはやめた方がよいという旅行社の忠告に従って、ならばエジプトとなったのである。
ピラミッドやスフィンクスも見たし、ナイルの青さやそこに沈む夕日なども印象的であった。ホテルや食事も僕らには不釣り合いなほど豪華であったし、何よりも初めて見る異国のこととて感慨は確かに深いものがあった。

が、飛行機恐怖症の僕は22時間もその恐ろしい飛行機に乗らなければならないことが結婚式の最中から苦痛で仕方なかったし、インドをそれで取りやめにした食あたりに見事になって、一日カミさんとともにホテルで寝込んでいた僕はもう二度と海外には行きたくないと思った。下痢は日本に帰って来ても10日間続いた。

ところが、帰って来るやいなや、カミさんは「子供が出来たらもうどこにも行けない」と言い出し、「今度はアメリカに行きたい」と言って譲らなかった。
それで翌年の夏、仕方なく、嫌いな飛行機に15時間も揺られてアメリカの東海岸に行った。ニューヨークの街をぶらつき、セントラルパークで寝転がったり、ブルーノートでジャズも聴いた。自由の女神のてっぺんまでのぼり、ナイアガラの滝で船に乗ってしぶきをかぶり、美術館や博物館もたくさん見た。果物をはじめとして食べ物もおいしかったし、アメリカという国の大きさの一端もかいまみた。確かにそれなりに来た甲斐はあったと思った。

しかし、飛行機は前にも増して恐ろしく、異国の地で英語と格闘して疲れ果て、おまけに夫婦喧嘩もした。誰が何と言おうが、再び海外には来ないぞと決意を新たにしたのである。

翌年になると思うが、 カミさんは子ども身ごもった。これでしばらく旅行はないなと思っていたら、今度はカミさんは「子供が生まれたらもうどこにも行けない」と言い出した。さすがに妊娠中のこととて海外とは言わなかったのでホットしたが、大きなおなかを抱えて、それを気遣いながら伊勢方面へ出掛けた。
魚はおいしかったし、海も青々としてきれいだった。灯台に上り海風に吹かれ心が洗われるような気もした。伊勢神宮のいかにも神が宿るような厳かなたたずまいにも心ひかれた。
が、しかし、真珠に見とれてショーケースのあることに気付かず、ガラスに頭をぶつけたりなどしているカミさんに小さな真珠のイヤリングを買ってあげて僕の懐は寂しくなったし、とにかく暑かった。フェリーに乗りたくないというので三河湾を大回りし、帰りは大渋滞に巻き込まれて大変な目にあった。疲れた。

そして子どもが生まれた。今年はないな、と思っていたら、「子育てをしているとどこにも行けないから、気晴らしにどこか行きたい」とまたまたカミさんが言うので、生後8カ月の息子を車の後部座席に転がして、小諸をあがって軽井沢から草津温泉、志賀へまわって清里へおりて来た。
懐古園や草津の湯畑など行ってみたいところだったし、志賀ではその後何年かお世話になるいいペンションも発掘したが、なにしろ0歳の子供を連れ回すというのはそれなりに大変なことで、懐古園で「大」をされ、トイレの流しでこっそりと必死でお尻を洗ったりもした。
カミさんは「こんなに早く旅行が出来るとは思ってなかったわ。前は小さな子供を連れて旅行をしている夫婦を見ると、親の都合で引っ張り回されて子供がかわいそうと思ったけれど」と言うのだが、そのとおりなのかもしれない。

かくして何だかんだと言いながら、毎年どこかしらに出掛けることになったのである。何故か、北に向かうことが多い。
一説によるとO型の夫とB型の妻の夫婦は相性が良いそうだが、それはB型の妻のわがままをO型の夫が寛容に聞いてやるからなのだと言う。まさしくその通りだと、B型のカミさんという妻をもつO型の僕は思う。
決して尻にひかれて意のままに操られているのでないことはご了解いただきたい。寛容であり、包容力に富んだ理想的な夫なのである。

(土竜のひとりごと:第87話)

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