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都合の良い夢をみた。


夢を見た。
兄弟くんが夢に出てきて、なぜか私は自分より身体の大きい兄弟くんを背中に背負って歩く夢だった。背中に重みを感じながら、けれど見捨てたらいけないと私は思っていた。積もり積もった話を首肯しながら聞いて、兄弟くんと向き合おうと必死に考えを巡らせていた。

兄弟くんは私に言った。

「本当は働きたい気持ちはあった。けど、どうすれば良いかわからない」

「いきなり普通に働くのは大変だと思うよ。リハビリも兼ねて障害者の枠で働き始めた方が良いよ」

「そうだな……」

夢の中の私は、兄弟くんが働き始めたいという意思を優先しようと思っていた。


けれど夢だった。私の中の都合の良い幻想に過ぎず、
しかし夢で良かったとも思ってしまった。


働くのに向いてない人間もいることを私は知っている。私は、たまたま人と会うのも話すのも苦痛でない側の人間だっただけの話だ。どこでも集団において爪弾きにされやすい気質だったが、人と関わることが嫌いではなかった。

私は誰とも仲良くならないことで、寧ろ『孤独』にならずに済むことを知り、会社では誰に対しても距離を置いて過ごしている。それでも寂しさを感じなくなった。

けれど兄弟くんは違う。私の歳の近い兄弟、同じ発達障害だけれど私よりも症状は重く、手帳は二級。

働く気はないと言う。時々一人で趣味のアニメやゲーム関連のイベントに出かけたりはする。
以前ゲーム開発やeスポーツに興味を持っていたが、今はもう辞めて毎日夜遅くまで起きてアニメを見ている。

ただ、それにホッとしている私がいる。
この世には働くことに向いていない人間もいる。家族でさえ、彼の妙なこだわりや、ハッキリとしない言動に悩まされているのに、社会で孤立しないわけがなかった。特性のすべてが、社会に馴染む為の弊害となっている。

私も社会で『孤立』していると言えるかもしれない。けれど彼と違うところは、友人がいないだけで、決して職場の人たちと意思疎通が取れていないわけではないところだ。

職場は最低限、しっかり報連相ができて、周りを気遣って行動できて、与えられた仕事は真面目にこなせれば良い。
なるべく間違えないようチェックリストを作ったり、自分用に詳しいマニュアルを作ったりすれば良い。
同じことを聞くと二回目でも相手は不機嫌になるし、実際「何回聞いても良いよ」と言いつつ、「前言わなかったっけ?」と言う態度を取られることもある。

そういうとき、二度と聞くものかと思う反骨精神が重要だと私は思う。
相手に苛立ちをぶつけるわけでもなく、ただ淡々と仕事をこなす。その間、全然別のことを考えていても誰からも咎められない。粛々と仕事をこなしながら、全然違う趣味の世界に思いを巡らせている。

仕事は間違えなければ良い。ルールさえ順守していれば、誰からも咎められない。曖昧な基準は仕方がないから誰かに聞いて答えを出すが、それは常にメモっておいて自分の中に落とし込む。

みんな忙しく働いている。仕事に休み時間なんて存在しない。皆勝手に、こっそりタバコを吸ったりトイレに行ったりして気分転換している。まるで休むことが悪いことかのようで、社会人は最低一日八時間、休まず働くことがもっとも正しいとでも言いたげで、休憩時間の取り方なんて誰も教えてくれないし教えない。

馬鹿正直に守っていると壊れてしまう。だからずる賢い人間の方が得をしがちで、皆の知らない間に上手に仕事をサボることもまた重要であったりする。

日本は生真面目で生き辛い国だ。特に仕事においては、皆が皆足を引っ張り合い、少しでもサボっていたりミスをしたりする人間がいると揶揄をする。

誰も楽しいと思っていないのに、社会人であるか否かがステータスのようになっており、正規か非正規かも、あたかも重要なことであるかのように、皆囚われてしまっているようだ。

こんな社会で働ける人間は、何かしら狡賢くなくてはならないと思う。
生真面目なだけでは利用されて疲弊してしまうだけ。

ただ私はそういう日本の中では、まともな人が多い職場に就職できたように思う。最長記録だった二年を超えて、障害者雇用で働きだしてから三年の月日が流れようとしている。


無職だったころは心から楽しめなかった趣味も、今は楽しいと思える。
最近更新頻度が減ったのも、私が今の生活に満足しているからだろう。けれど、正直一年先のことでさえ分からない。人事異動で居心地が悪くなることも十分ありうる。


この社会で働けるか否かがすべてではないから、だから私は社会で生き辛そうな兄弟くんに「働け」とは言わない。精神が壊れたらもう元通りにはならないし、一度鬱になったらもう完治することはないと聞く。鬱が良くなることを「寛解」と呼ぶようだが、再発する恐れがある状態である。



私は、良くも悪くも図太くなってしまった。ただ、それだけの話。


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