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月の話をしよう

 今日は休日です。家事と創作の合間に、とびきり美味しい紅茶を淹れてきました。貰った焼き菓子と一緒に味わおうと思います。六畳一間の自分の部屋は、世界で一番自分が寛げる場所なのです。大したものは置いていないんです。布団と、細身の洋服棚と、古い和箪笥の上の部分だけ。それからミニコンポが一つありました。良い音を出してくれます。

 夕べも私は、遅い時間に帰宅となりました。仕事柄、毎日帰りは遅くなってしまいます。みなさんに、美味しい夕食を召し上がって頂こうと思いますと、どうしても私共の帰宅は遅くなるのです。そういうお仕事ですから、夜道を車で走るのが日常です。最も私は、運転席ではありません。後ろの席の左側へ、いつもすとんと座ります。そうして夏でも冬でも、自分の所の窓を少しだけ開けさせてもらいます。

 走り出して暫くはビルや店舗が立ち並ぶ賑やかな通りが続きます。首を傾げてきょろきょろしてみても、街灯は煌びやかに、ヘッドライトは何処までも、空は中々見えてきません。ああ今日も忙しかったな、あの時もう少しこう出来ていたら良かったななんて、頭の中で反省会が行われてしまいます。もう体はくたくたですから、一刻も早く、お布団にばたりと倒れ込んで休みたいと思うのです。そんなことを思う間も、車はぐんぐん走り続けます。そうしてそろそろ、都会に独特の、ぎゅうぎゅう詰めのビル群が少しずつ落ち着いてきます。すると、ぱっと窓の外に姿が見え始めるのです。

 月が今夜も出ています。昨日よりも少しだけふっくらとして、白色に近いような黄色です。傍に雲が見えます。星はまだ見えません。ですが今夜も月が見えました。煌々と輝いて、ずしりと重そうで、それなのに凛として、美しい。本当に美しい、惚れ惚れするような輝きに満ちています。きれいです。今晩の月はまた格別に綺麗です。私は窓をもう少し開けることにします。ちょっと風がぬるいです。月は走り続ける私達に寄り添うように、静かにそこに浮かんでいます。ちっとも動いているように見えません。私は更に目を凝らしました。今晩は日本画のような表面に見えます。うさぎが餅つきをしているように見えるのはごくたまにです。それにしても眩しい月です。今晩は空気が余程澄んでいるのでしょうか。とても良い晩に出くわしました。私はもう一日の疲れなど何処かへ置いてきたように思いました。

 どれだけ疲れてしまっても、ああもう嫌だと思っても、夜に、一人で空を見上げて、そこに月があったら、それだけで私は幸せな気持ちになります。やりきれないことは、誰にだってあるものだけれど、月を見ていると、清らかな、美しい気持ちがまた溢れ出して、ただ単純に、「幸せだなあ」と思うのです。地球から月が見えて、私達は本当にラッキーです。願わくば私は、月の表面に触れてみたいのです。お笑いになるかも知れませんが、私は本当に、手袋も何もつけないで、直のこの掌で、触ってみたいのです。そうして、冷たくて、ずしりと重そうだったらいいなと、密かに思っています。

 紅茶を飲み干してしまいましたので、この辺りで失礼させて頂きます。今日は一寸だけ、月のお話を致しました。

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。