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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい… もっと読む
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#あなたに届け

短編「違和感」

 友人の竹中君が久し振りに此方へ帰って来ると云うので、駅まで迎えに行く事にした。彼女へ話したら自分も行きたいと云うので、二人して駅のホームへ立って、木枯らしに吹き付けられつつ竹中君の乗って来る電車の到着を待っていた。  暫くすると、私たちの待つ五番線へ、ヘッドライトの目玉を光らせた特急電車が、滑らかにカーブを描いて線路を走って来た。減速が加わり、滑り込む様にホームへ到着すると、間もなくホーム側のドアが一斉に口を開いた。私と彼女とは、二人して首をきょろきょろさせながら、出て来

掌編「感傷」

 お気に入りのカップの底にひびが入っていた。毎朝使うコーヒーカップだった。ただ、それだけ。内側の白地に数センチ、不機嫌に入ったひび。そこへコーヒー色が沈着して、今朝始めて気が付いた。まだ広がるのか知らない。今の所水分が漏れたりはしない。まだ使える。ただ、使える。  私は洗い上がったカップの内側へ指を入れて、ひびをすーっと撫で付けてみる。何ら感触はなく、指の腹は傷の一つも見当たらない。忽ち赤く滲むかと、ちょっと嗜虐的趣味で、傷付けてあげようと思ったけれど、何ともなかった。 「こ

掌編「おにぎり」

「おにぎりなら、食べられそう」  弱々しくベッドへ横になったままそう答えると、分かったと云って台所へ引き返した。階段を降りて行く足音聞きながら、いつもの何倍も、何十倍も優しさが沁みて来て、目頭が熱くなった。多分、全部、熱の所為だから。  迂闊だった。すっかり秋も深まって、夜眠る前には窓を閉めておかなくちゃ駄目だったのに、昼間は夏の余韻がまだあるからと油断して、部屋の窓を全開にしたまま眠ってしまった。それでもせめて掛け布団が在れば良かったんだけど、生憎とこちらもまだ夏仕様でタ

短編「ワンダフル・パンプキン・ナイト」

 今宵の夜空はオレンジ色  あの子の好きなキャンディ色  チョコチップばらまいて、弾けて、溶け合って  さあ、宴のはじまりさ    パンプキン・ナイト パンプキン・ナイト  くすぐっちゃうよ  歌が聞こえる。またあの歌が聞こえて来た。  静かな暗い夜である。闇の使いはうたた寝中、宵の番人も首埋めて黙然と宙をなぞっている。触れる壁は全て冷たく、どちらを向こうにも光は無い。すっかり冷たい二つの耳に、それでも毎夜、歌が届けられている。心地好い音色だった。だからもう、只眠りながらあ

「文字の休日シリーズ・夢」(不定期連載)

生涯のほとんどの時間を追い掛けられて過ごすらしかった。そして中には捉まえてものにするのも居た。そう云う日は嬉しかった。いつかは自分も追い掛ける側になってみたいと思いながら、やっぱり追いかけられている。そうして殆どは諦めてゆくらしかった。「夢」はいつでもここに居るのにと思うのだった。 ※人に休息が必要なように、言葉にも文字にも休息が必要だと思うのです。一文字ずつ、休ませてあげよう。その間にいちも休もうと云う魂胆の不定期連載スタートです。尚、Twitterにも同時にあげますので

掌編「現場からは以上です」

 黄色い規制線をぐいと押さえ付けて現場入りした。市内の安いアパートの一室で、事件は起こった。110番通報してきたのは被害者と同じ大学の友人。数日無断欠課を続ける友人が気になって訪ねて来たらしいのだが、呼び鈴を幾ら押しても反応が無く、それどころかドアの向こう側、つまり部屋から、何か物凄い圧迫を受ける感じがしたのだそうだ。ドアを叩いてみるがやっぱり応答なく、とうとう管理人を呼んで鍵を開けようとしたと云う。ところが試しにドアノブに手を掛けると、鍵が掛かっていなかった。愈々心配になっ

「文字の休日シリーズ・愛」(不定期連載)

「愛」は苦悩していた。呼ばれて出て行くと殆どの場合が試されているからであった。そんな環境に身を置き続ける事がそろそろ辛いと、「愛」は逃げ出した。生まれて初めての逃避行は永遠に続くかと思われた。だが最後の最後で矜持では無く理性が「愛」を追い掛けた。「愛」は遂に真実を知った。 ※人に休息が必要なように、言葉にも文字にも休息が必要だと思うのです。一文字ずつ、休ませてあげよう。その間にいちも休もうと云う魂胆の不定期連載スタートです。尚、Twitterにも同時にあげますので140文字

掌編「よっちゃんいかは右のポケットに」

 あと二日で九月になる。  今夜を入れて後三回月が昇ったら、夏休みが終わるってことだ。寂しい。僕は物凄く寂しいと思う。友達に会えるから嬉しいと云う子も居るんだろうけど、僕は、そんな風に言い合える子が、もう居ないんだもの。 「よお、久し振り!」 「おう!なんだよ、めっちゃ日に焼けてんじゃん」  休み明け、教室内でそんな会話を耳にすると、僕は羨ましいと思ってしまうに決まってるんだ。だから、どうにも、学校に行きたくない気がする。九月を、出来れば遠ざけて欲しいと無茶を思ってしまう。

掌編「四時に集合なって言ったじゃん」

 エアコンが壊れた。夏の盛んな一番暑い日に。冗談にも程がある。  ワンルームの自室にとてもじゃないが居られなくなった俺は、窓の外を瞳に映すだけでうんざりしたけれど、新たなる涼みの土地を求めて、灼熱の世界へ半ばやけくそに身を投じた。熱を帯びるコンクリ踏みつけて七分、近所のカフェへ流れ着く。早速火照った体を冷やして生き返る。冷たいカフェオレを手に、空いているテーブル席に陣取って、ポケットからスマホを取り出す。待ち合わせ場所が変わった事を伝えるためだった。  あいつら元気にしてるだ

短編「暮れなずむ朝顔列車 if・怪談」

※この短編は「暮れなずむ朝顔列車」のアナザーストーリーです。#眠れない夜に と云うものに相応しい物を描いてみ見ようかなと初めて怪談めいたものを描きました。先出の短編のイメージを保ちたいと思われる御方はお読みになられない方がよろしいかと存じます。あっちはあっち、これはこれと面白がって頂けるのであれば幸いにございます。果たして怪談と呼べるものか分かりませんけれど・・・。先出の短編を未読の御方は、是非とも先に、元の物語をお読み頂く事をお勧め致します。それではどうぞよろしくお願い致し

短編「三度目の掃除機」

 台所でジップロックに作り置き野菜を小分けしている母に向かって、 「私今日から彼の家で一緒に住むから」  と宣言した。母はいきなり 「まだ早い!」  と私を叱った。自分は二十歳で結婚した癖に。私は今二十三だ。  母はまるでコンビニ強盗でも捕まえるのかという形相で追い掛けて来たけど、既に荷造りを済ませていた私は玄関を飛び出し、そのまま母を振り切って逃げた。最初の曲がり角で一度だけ後ろを振り返った時、エプロン姿で玄関前に立ち尽くす母親の姿が見えた。やだもう、お玉とジップロック持っ

掌編「傘をささんとする」

 今日も雨が降っていた。  公民館の敷地内は、紫陽花が見頃となって、雨に打たれるも鮮やかに、紫と眩い桃色の球が咲き乱れている。傘を差してまで外へ出るのはあまり好きではなかったが、月二回の教室の日が重なってしまったのだから、駄々を捏ねても仕方が無いと、私はしとしと降り止まぬ雨を冒して外へ出てきた。  しかし歩いて十五分、来てよかったと早速思った。茂る濃緑の葉に守られて、絢爛たる紫陽花の見事なこと。思わず傘の下で我を忘れた。花壇の花に自ら足を止めるなど、独りになって以来初めてで

掌編「波打ち際、サクラガイ」

 出会いと別れが或る。それは望み通りにはならないもので、ある日突然やって来て、哀しいとか、寂しいとか、嬉しいとか、鼓動の高鳴りとか、心の内の、切ないのを、たった一瞬で、染め上げてしまう。  今僕の目の前にある、夕日のように。海の表面がくれない色に煌めいている。  砂浜で桜貝を見つけた。波打ち際でもっと奇麗なピンクがきらり輝いて見える。サンダルの足に砂が纏わりつく。むぎゅむぎゅする。楽しい。足首、脛まで海水に浸して、少しだけ冷たい。奇麗の行方を探す。見つけたと思った。手を伸

掌編「合羽少女、自転車に跨る」

 昼前だった。国道五十一号は相変わらず混雑している。目の前の信号が赤であるためブレーキを踏んだ。昨日から雨が降っていた。時に本降りになり、また小康状態になりながら、ずるずると燻るもったり厚い雲が、空を覆って街の向こうまで続いていた。ハンドルを掴んだまま、車内で首を回した。運転は嫌いではなかったが、連日視界が悪いとやはり肩が凝る。ぐるり弧を描いた視線はそのまま二回転して運転席の窓の外へ向けられた。そして、とある地点で止まった。  横断歩道の入り口に、一人の少女が立っていた。小