マガジンのカバー画像

掌編、短編小説広場

123
此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい…
運営しているクリエイター

2021年10月の記事一覧

掌編「おにぎり」

「おにぎりなら、食べられそう」  弱々しくベッドへ横になったままそう答えると、分かったと云って台所へ引き返した。階段を降りて行く足音聞きながら、いつもの何倍も、何十倍も優しさが沁みて来て、目頭が熱くなった。多分、全部、熱の所為だから。  迂闊だった。すっかり秋も深まって、夜眠る前には窓を閉めておかなくちゃ駄目だったのに、昼間は夏の余韻がまだあるからと油断して、部屋の窓を全開にしたまま眠ってしまった。それでもせめて掛け布団が在れば良かったんだけど、生憎とこちらもまだ夏仕様でタ

短編「ワンダフル・パンプキン・ナイト」

 今宵の夜空はオレンジ色  あの子の好きなキャンディ色  チョコチップばらまいて、弾けて、溶け合って  さあ、宴のはじまりさ    パンプキン・ナイト パンプキン・ナイト  くすぐっちゃうよ  歌が聞こえる。またあの歌が聞こえて来た。  静かな暗い夜である。闇の使いはうたた寝中、宵の番人も首埋めて黙然と宙をなぞっている。触れる壁は全て冷たく、どちらを向こうにも光は無い。すっかり冷たい二つの耳に、それでも毎夜、歌が届けられている。心地好い音色だった。だからもう、只眠りながらあ

掌編「秋の空」

 銀次は大のおばあちゃん子である。昔からばあちゃんの膝で白飯をかき込んで、ばあちゃんの割烹着に泣きべそ押し付けて、ばあちゃんの老婆心に悪態を吐いた。じいちゃんに怒られて不貞腐れるのも、ばあちゃんの前のみであった。  複雑に線を伸ばす電線が街の空を刻んでいる。高いのはビルばかりでその向こうはくすんでよく見えない。スープに浸してしまわないように胸ポケットへ入れていた身分証を、店を出てから元へ戻した。上空を仰いで、相変わらず狭いなと思い、ぐるり一つ首を回した。ふうと息が零れ落ちた

読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう・後編」

※長編小説シリーズ「よりみち」の番外編です。長編でじっくり描く二人の関係性を凝縮したような読み切りです。 時系列で云いますと「よりみち・二」の後、秋のお話になります。「よりみちシリーズ」を読んでいなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。 全編どなた様にもお読み頂けます。    読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう」(後編)  日本酒も尋常に、料理に合わせて出て来る。殆どはりか子が受け持つが、今夜は真瑠も常に無く一緒になって飲んでいる。どうやら酒の変わる都度女将さ

読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう・中編」

※長編小説シリーズ「よりみち」の番外編です。長編でじっくり描く二人の関係性を凝縮したような読み切りです。 時系列で云いますと「よりみち・二」の後、秋のお話になります。「よりみちシリーズ」を読んでいなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。 全編どなた様にもお読み頂けます。    読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう」(中編)  扉を引くと、直ぐに細くこじんまりとした通路である。出入りの音に気が付いて、出迎えに人のやって来る。先を歩くりか子を見て、互いに親しみの籠っ

読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう・前編」

※長編小説シリーズ「よりみち」の番外編です。長編でじっくり描く二人の関係性を凝縮したような読み切りです。 時系列で云いますと「よりみち・二」の後、秋のお話になります。「よりみちシリーズ」を読んでいなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。 全編どなた様にもお読み頂けます。    読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう」(前編)  真瑠の日常的に足運ばせる散歩道で、コスモスが揺れるようになった。誰かの家の庭先で、畑の一角で、公園の隅で、土手で、すいすい背を競い合っては

掌編「おつかい」

 一人で行く事にした。いまだ自分の事を子ども扱いする母に、突き放すような啖呵切って飛び出して来た。飛び出しては来たものの、そう云う処が大人げないのだと、自戒を籠めて歩いている。  土手の薄は揃って斜めに傾いて、それでも秋の風を心地好く受け流すらしく、さらさらと揺れている。日が少し傾き始めた、暮れ前の河川敷である。空はブルーとオレンジに、燃える赤もじりじり加わって、自分には壮大に過ぎる。自分はもっと、箱庭位で十分だと思う。例えば家のベランダから見上げる、電線に切り取られた菱形

掌編「風の通り道」

 朝起きて、ベッド脇の窓を開ける。レースが涼やかな風に触れ、はらりと翻す。立ち上がって小さな台所へ、今度は小窓をからりと開ける。向かい合った二枚の窓。開ければ風の通り道ができる。僕の寝癖頭と、開け切らない瞼に触れる風は、何だかいつでもくすぐったくて、心地が良い。  僕がこの町に引っ越してきて、曲がり形にも一軒家を借りたのは、去年の秋の事だった。一人暮らしと意気込んで、賑やかな街の片隅で、マンション暮らしを熟した数年も、決して嫌いでは無かった。何でも身近に整えられて、灯りが絶