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日記:負い目の感覚はクリエイティブを生まない:れいわ新選組天畠大輔さんの記者会見に今の日本に必要な発想を感じた

とても良かったです。れいわ新選組の比例特定枠の候補者、天畠大輔さんの記者会見を視聴しました。天畠さんは「日本で最も重い障害を持つ研究者」。現在は立命館大学の研究員。天畠さんのWebサイトはこちら

負い目の感覚はクリエイティブを生まない


天畠さんが、それぞれ「多様な経歴を持つ」個性豊かな20人の介助者たちを必要としていること、そのことによって研究を含めた生活全般ができていることに対し、「自分は必要とされている、という感覚を互いに持てる仕事を作れているのかなと思う」という言葉で表現しているのがとても印象的でした。

「それは『お世話されている』という負い目の感覚は、何もクリエイティブなことを生まない、ということだ」と私は思ったのです。一人ひとりが、「搾取」ではなく本当に必要とされていることを実感しながら活動できるほうが、負い目を感じながら、歯を食いしばりながら活動する社会より、すばらしいものがたくさん生み出されるに決まっている。そう思ったのです。頭で考えたのではなく、感覚的なものです。


仕事における自分の実感からきているのかも知れません。根底にワクワクがなければ、そして失敗への怖れがあると、なかなかアイディアが湧かずに苦しい仕事になるからです。


たくさんの人の手を借りた方がいい


同じくれいわ新選組の比例で出馬予定の水道橋博士に対し、町山智浩さんがアドバイスしていたことも思い出しました。これも印象的だったんですけれど「手伝いを求めまくった方がいい」、そうしたらその人たちは応援してくれるというアドバイスでした。


人の手を借りること、人に助けてもらうことは、つながりを作ることであり、それがパワーになる、ということ。それは「生きる技法」をはじめとする東京大学教授・安冨歩さん著書で時おり触れられている「助けてくれと言える時、人は自立している」ということと繋がる世界線上にあるとも思います。(一読をおすすめします。ちなみに私は行き詰まったなーと感じると気には、この本を開いて助けてもらっています)


今の日本にこそ、まさに助け合いの発想が必要だと思う


「人様に迷惑をかけない」「自己責任論」「新自由主義」の社会でなく、互いに必要とされ、躊躇なく負い目なく助け合えること。この発想は、今の日本にすごく必要だと私は思います。「ないとヤバい」と思う。。


敢えて、人道的な意味合いから離れて「損得」の視点から考えたとき。それは自己責任の競争社会は多くの人を萎縮させて新しいものを生み出す力を破壊するからであり、一方でお互いに助け合える、(山本太郎さんの言葉を借りれば「生きているだけで価値がある」)社会は、その安心感こそが人の生き生きとした自由な発想と創造する力を生み出すからであり、その力こそがこの「凋落しつつある」日本の社会と経済が活力を取り戻すのに必要不可欠、だと思うのです。

もちろん「そうか、じゃあ自由に発想しよう!まずは発想術を学ぶ…」という掛け声が、発想を妨げることは言うまでもありません。前段落では功利的な意味合いで書きましたが、要は1人ひとりが伸び伸び安心して暮らせていればそれでいい、ということです。「生きているだけで価値がある」という安心があるからこそ、自由に発想できるのだと私は思います。

まあ、何だか暗闇に光が見えるような、希望が一雫てのひらに落ちてきたような、そんな気分になった記者会見だったなーということです。
おやすみなさい。

※その他会見で印象的だったことのツイートはこちら↓

(雑記)昨日の夜から家の中に蚊が侵入していて寝不足がつらい。今日は寝れるか?近所の歩いたことのない区画を歩いたら、景色が楽しいです。画像はiPADイラレの操作練習作。

(日記:2021年6月17日)

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