episode.1:始まりには気付かない【短編小説】
「遥菜おはよう、コーヒー淹れたよ」
起きて、とベッドを優しく揺らす。眠い目を擦って身体を起こすと、至近距離に彼がいる。なんて幸せな朝なんだろう。
少し長めの白シャツにまだセットされていない寝癖ヘア。朝からそんな彼を見れる事が幸せでたまらない。
「いくよー」
グイッと私の腕を引っ張る。その勢いで彼の腕の中にすっぽりハマる。暖かい。
食卓には既にコーヒーの他、トーストと目玉焼きそしてフルーツヨーグルトが並んでいた。私の大好物。いちごとブルーベリーのヨーグルト。
向かい合って席に座り、いただきますと手を合わせる
「美味しい?」
「うん、美味しい」
目玉焼きの半熟具合が丁度良い。
「朝ごはん作ってくれてありがとう」
「こうやって同棲体験出来るの滅多にないから張り切った」
「私も作って上げたかったな…」
「また泊まりに来るから。その時また作ってよ」
そう言ってポンポンと頭を撫でる。峻希の手は大きくて、優しくて、安心する。
「俺はもうそろそろ家を出ないと…」
「新幹線取っちゃったんだよね…。もう少しいて欲しかったけど。着いたら連絡してね」
「明日からまた大学だからね〜…遥菜は今日飲み会でしょ?いいよ時間ある時で」
「うん、ありがとう」
朝食を終え、彼を見送る準備をする。たった1日だけ増えた1人分の荷物が片付くと、それだけで寂しく感じてしまうものだ。
部屋の中から彼のものが全て消える。
「じゃあね」
「またね」
彼は駅に向かう。遠距離恋愛は思っていたよりも辛い。だけど思っていた以上に、彼と会えた時の喜びがある。
今日みたいな幸せを、毎日感じる事が出来る日が来るのは何年後だろうか。
玄関を閉め、部屋に戻る。2人分のコーヒーの匂いが微かに漂う。
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