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【短編小説】指先が眠る街

ニトリで買った、あの時は確かにおしゃれだと思っていた壁掛け時計を見上げる。秒針がカチ、と無機質な音を立てて動いていた。

眠りたくて仕方がない。それなのに、目を瞑ってもう、何時間も経っている。明日はいつもより早くから出掛けないと行けなくて、そのせいで寝付けないのは分かりきっていた。いっそ徹夜をと思ったけど、正直、一日耐えられそうにない。夕方…いや、昼過ぎには意識を失う予感がする。おじさんなんて、すぐ眠くなる生き物なんだから。そこに「徹夜」が複合されたら、もう起きている方が不思議なくらいの表情で歯を食いしばっている自分しか見えなかった。

妻は隣で、すやすやと眠っている。寝相がかなり良いほうで、ほとんど動かない。寝息も少ない。だからたまに、ほんとうに生きているか不安になる。朝を迎えると、いつもどおり早朝から元気に笑っているので羨ましい。

子供でいま小学生の拓也は、数値的には2年前、感覚的にはもう大昔に、自分の部屋で眠ることを選んで、自分たち夫婦の部屋にくることもない。想像よりも早く独り立ちされたようで、妻はかなり寂しがっていた。

カーテンをわずかに開けると、窓の外の交差点に立つ信号機が黄色く点滅していた。当たり前のように誰も通らない…と思っていたら、大きなぶおんぶおんという音を鳴らしてバイクが一瞬通り抜けていった。また、羨ましくなる。どうせ眠れないのなら、アドレナリンを出してしまいたい。痛みを忘れるように。

ふと珍しく身動きをした妻に気づいて、カーテンを閉めた。指がわずかにうごく。眉をひそめることなく、ただ長く細い指が、なにかを避けるように動いただけだった。そしてまた指先も、その持ち主と同じように動かなくなった。


おわり

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