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うつしおみ

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真実を求めてこの世界を旅する魂の物語。
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2023年4月の記事一覧

うつしおみ 第9話 冬の想い

その痩せた木は、青く澄んだ冬空に向けて 細長い枝を伸ばしている。 冷たい風にさらされながら、 そうしていても何が与えられるわけではない。 乾いた空は相変わらず無表情で、 凍りついた大地は眠りから覚める気配もない。 その木だけが、 何かの希望を探すよう冬空の下に立っていた。 孤独で悲しい姿かもしれないが、 木はそこにいる意味を噛み締めていた。 昔のこと、 この地に人間を越えようとした若者がいた。 その若者は空を見上げて両手を伸ばしたまま、 黙ってそこで何かをつかもう

うつしおみ 第8話 世界の扉

世界はその時の始まりから、 美しいシンフォニーを奏で続けている。 その調べに乗って色とりどりの光が、 メリーゴーランドのように踊っている。 終わりなど来ないかのように回って、 そこで世界は何かを忘れたのだ。 色彩はその目にあまりにも美しく、 見ているだけで、甘い歓喜が溢れてくる。 忘れたことさえ忘れて世界が踊り続けても、 足元の小石はそこから動かずにいる。 時が歩みを緩めてバラードを歌えば、 世界はその青く透き通った調べに涙を流す。 足元の小石だけが始まりの扉を何

うつしおみ 第7話 太陽と空と時

太陽は柔らかい光となって、 世界中に慈しみを降り注ぐ。 空は癒やしの風となって、 世界中の悲しみに触れていく。 時は今が過去の幻になるよう、 世界をさいはてへと運んでいく。 私には太陽の光が眩しすぎて、 それを避け夜道を歩いた。 私には空が青すぎて、 風に居留守を使い岩穴に閉じこもった。 私には時が早すぎて、 目を閉じて立ち止まり、ゆっくりと息をした。 それでも世界は私と一緒に、 賑やかに華やかに回転していく。 いつの間にか私は、光とワルツを踊り、 風とバラード

うつしおみ 第6話 木の葉散る

秋の木漏れ日は、 夏の喧騒と冬の静けさとに戸惑いながら揺れている。 木の葉たちは手に入れたものが失われていくのを眺め、 それでもまだ何かをつかもうとしている。 冬の冷たさを届ける風が、 そんな姿に寂しげな眼差しを向けて通り過ぎる。 喜悦の夏が過ぎれば、 冬の来る前に眠りに落ちると知っている。 それでもまだ何かをつかめるのではないかと、 高く澄んだ空へと乾いて痩せた手をのばす。 秋の夕陽に揺れる変わり果てた自分の姿に、 もはや何の力も宿ってはいないと知らされる。 紅

うつしおみ 第5話 見つめる鳥

太陽のない朝、 水面を叩く雨音に時の旋律が流れ刻まれていく。 小さな鳥が湖面から突き出した枯れ枝の先にとまって、 雨の景色を眺めていた。 秋の雨は空から重苦しい熱気を奪い、 あの夏の大騒ぎを鎮めていく。 世界が流転することは必然なのだ、 小さな鳥はそうつぶやいた。 季節が変わることは決して止められない理、 だが私は変わらない。 どれだけ世界が移り変わろうとも、 私まで変えることはできないのだ。 鳥はその目に小さな光を宿し、 それは内なる光の海から漏れて揺れる。

うつしおみ 第4話 雲の旅

空を漂うひとつの雲がつぶやいた。 私は何処にいくのだろう。 一緒に漂っている周りの雲たちは、 みんな黙っていた。 風にでも聞いてくれ。 何処かにいる雲のそう叫ぶ声がした。 雲は風に尋ねた。 私は何処に向かっているのだろう。 風は言った。 知らないね、空にでも聞いておくれよ。 雲は空に尋ねた。 私は何処にいくのでしょう。 私も知らないのだよ、すまないね。 空はそう言って黙った。 雲は他の雲たちと風の流れに乗って漂い続けた。 雲たちは風に揉まれて少しずつ小さくなり