人生に選択権など無いのだよ(悟り・目覚める)
「あの時なんで、あんなことをしてしまったのか!?」
「あの時になんで、あんなことを言ってしまったのか!?」
と、過去の行動や言動に対して、悔んだり後悔することはあると思います。
人生を長く生きていて、過去の失敗が無い人はいないし、ほとんどの人は、後悔の念や、罪悪感を持って生きています。
中には、「私は、後悔なんてしたことない。」なんて言う人がいます。
本当ですかね?
本当ならば、なにも大した体験をしていないか、ものすごく幼稚か、感性がすこぶる鈍いのか、と思います。
これらであっても、後悔している人よりは、鈍感で気づかないだけでも幸せなので、それもありです。
ここでは、繊細で、自分のやったことを後悔したり、他人にされたことを、いつまでも恨んでしまう人のために書きます。
自分に責任はありません すべて生まれる前から決まっている
よく言われることは、
「出会う人は、偶然ではない。」 「すべては、必然である。」
「必要なものは、必ず揃う。」 「この人だ! と直感で思った。」
「すべては、完璧である。」 「ベストのタイミングで訪れる。」
とかありますが、なぜ多くの人が、そう思うことが起こるのか?
すべて生まれる前に、人生のシナリオが決まっているからです。
何回も書いてるので、もう聞きたくないかもですが、これが本当に大事なことなので。
この人生は、映画と全く同じシステムです。
1,シナリオを決めます。
2,役者を揃えます。
3,地球と言う舞台に立ちます。(生まれること。)
4,役を完全に演じます。(セリフまで完全に決まっている。)
5,役の通りに死んで舞台を降ります。(寿命が来て死ぬ。)
地球と言う舞台で、役を演じているだけなので、その役以外のことはできません。
映画も、事細かにセリフが決まっています。
映画で、悪態をつくシーンで役者が、「私は悪口言うのは嫌。」とか、
人を殴るシーンで、「暴力はいけないから。」って役をやらない訳には行きません。
映画に出る(地球に生まれる。)と決まった時点で、その役柄を同意の上で、演じているのです。
すべてこの人生は、生まれる前からの約束事で、動いています。
極論で言えば、人を殺してしまうのも約束してあるからです。
殺されることも約束の上で、行われています。
逆に言えば、約束してない人のことは、殺すことも殴ることもできないのです。
これが自由創造が出来て、自分で運命を創れるのならば、確かに後悔したり、罪悪感を持ったり、恨んで復讐したり、
正義を振りかざして悪を退治するとかするしかなくなります。
実際にほとんどの人は、運命は自分で創っていると思っているから、「後悔・罪悪感・恨み・憎しみ」が無くなることがありません。
ここでは説明はしませんが、「すべては一つ。」 「すべては完璧。」 「人生のシナリオは決まっている。」 ならば、
あらゆる状況で、自分の選択肢は無かったのですよ。
それをやるしかない。
だから後になって、「なんであんなことしたのかな?」とか、「なんであの時にやらなかったのだろう。」と、後で思えば不思議なのです。
自分の魂(ハイヤーセルフ)は、生まれる前に書いたシナリオを知っているから、その選択肢以外は、脳みそに信号を送りません。
すべての行動、すべてのセリフは、シナリオ通りにやらされているだけです。
それを行うように、脳みそに指令が来るから、あたかもその時に自分がそう考えたと思っているだけです。
脳みそって考える装置じゃなくて、魂から指令を受ける、ただの受信装置だから。
全部、魂(ハイヤーセルフ) = 宇宙の創造主(源)の指令で動いているだけなのです。
だから本当は、自分になんの責任も無いのです。
よく「自分に責任を持ちなさい。」と言われますが、
それこそ、「葛藤・悩み・後悔・罪悪感」の元ですね。
確かに自由創造ができて、運命は自分で創れると信じているのならば、自分に責任を持たないとそれはできません。
自分・私と言っているのは、エゴ(思考)です。
魂 = 創造主 であっても、
エゴ・私 = 創造主 ではありません。
そこを大きな勘違いが起きています。
私とか、自分って言っているのは、エゴ(思考)なので、
エゴ(思考)は、魂(ハイヤーセルフ)の指令通りに生きているだけなので、なんの責任も無いのです。
役柄通りに行動しているだけなのに、前世のカルマもなにもないです。
シナリオが決まっているのに、その罪が持ち越されたらおかしいでしょう。
舞台で殺人鬼の役をやったら、実際の刑務所に入りますか?
それと同じで、この地球上で起きたことは、死んでまで罪になることはありません。
本当の親神(源)は、罰など与えません。
すべての魂(ハイヤーセルフ)を、優しく見守って、いつも包んでいるだけです。
ていうか、魂(ハイヤーセルフ)にやらせて、源自身が楽しんでいるのだから。
(源)の体験にもなって、喜んでいるのに、なんで罰があると言うのです。
地球で演じている行動は、そうやるようになっているだけなので、
私と言うものには、なんの責任もありません。
後悔も、罪悪感も持たなくていいのです。
約束通りに役を演じているだけなので。
逆に言えば、相手にも言えます。
相手も役を演じているだけなので、
「なんでそんなことを言う!」 「酷いことをしやがって!」
と叫んで、恨み続けるのも無意味なのです。
その酷いことも、生まれる前に「酷いことをしてくださいね。」と自分で頼んできたことだから。
お互いに演じているだけなので、本気になって、「悩んだり、悔んだり、悲しんだり、恨んだり。」してもどうにもならんのです。
必要もないと言うことです。
苦しみから抜けるのは、演技をやめること
なんでみんな、役者なのにこんなに本気で演技しているのか?
役者であることを覚えていると、本気の苦悩が味わえないからです。
地球には、苦悩を体験しにくるのであって、本気にならないと苦しくないので、
役者であることを忘れるほど、深く眠ったのです。
苦悩をやめたければ、眠りから覚めて、目覚めればいいのです。
それを、「ハイヤーセルフの目覚め。」と言います。
それは真の悟りでもあり、どんな時でも揺れ動かない心を練ることでもあります。
すべての出来事は、シナリオ通りに流れているだけので、
なにが起ころうとも、なにをしでかしてしまっても、焦ったり、不安になったり、悔むこともありません。
そうなるしか、選べないのだから、それでいいのです。
自分には、何も責任は無いので、ただ眺めていればいい。
目の前の現象に深入りしないようにすること。
目の前の人が、何かに反応して騒いでも、一緒に深入りしない。
覚めた目で、ただ現象を眺めていればいい。
魂(ハイヤーセルフ)がシナリオを知っているので、
魂(ハイヤーセルフ)に、すべて丸投げして、任せておけば、自然にうまくいくのです。
何も考える必要はありません。
シナリオは決まっているし、それ以外はできないのだから。
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