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ヘタレ師範 20話「五郎とジオン」


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ジオンは爆発した。もう我慢できなかった。
「やかましい!このヘタレ野郎!」
そう叫ぶなり彼女は猛然と五郎に襲いかかった。
「わっ、止めて下さい」
「馬鹿野郎!くたばっちまえ!・・・」
ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせながら、ジオンは五郎を殴る蹴る、そして投げ飛ばし、引きずり回した。

テッキが息を呑んだ。
「酷い、俺がジオンにボコられたときより何倍も酷いぜ。どうするよ?ガン?」

ジオンの殴る蹴るはまだ続いていた。
五郎は全く無抵抗だった。

「止めよう。このままじゃあのセンセイくたばっちまう。しかしあいつら?」

夜叉のように荒れ狂うジオンとやられっばなしの五郎。

そんな二人を、ミヒもミヤギ夫婦も、真剣な眼差しで、食い入るように見つめてはいる。
しかし、なぜか誰もジオンを止めようとはしなかった。

テッキ「こいつら何じっと見てんだよ? 自分の師範が心配じゃないのかよ?」

ガンカク「ジオン、もう十分だろうが。いい加減にしないと」

「バカ言うな。こいつらが(ミヤギやミヒたち)ゾンビみたいに回復したのを忘れたのか?」
「でも、俺もテツも、あのときハンパな攻撃なんてしてなかったし…」
「ハンパだったんだろうよ。だからあのザマだ」
「ジオン、そりゃ言い過ぎだぜ」
「とにかく、オレはこのヘタレをゾンビにする気はないんだ。オレは、この野郎が二度と偉そうな理屈が言えないようにしてるんだ。ゾンビの真似ごともさせやしねえ」

五郎を倒すことのほうがはるかにジオンを燃え上がらせていた。

言動はヘタレなのに、そうとうな実力者の弟子に慕われ、格闘技の知識は豊富。庇い手だけで相手の肋骨をへし折ってしまう。

強いんだかヘタレなんだか全く分からない五郎の正体、実像をジオンは知りたかった。

だからジオンは夢中で攻撃した。容赦なく。
それは五郎の反撃を期待してのことだった。

反撃してくれれば。戦うことができる。戦えばこの男の実力が分かるはずだ。

しかし、五郎は全く反撃せず、ついに力尽き、床に倒れ伏した。

それでもジオンは攻撃の手を休めなかった。
「立て?ヘタレ野郎!なぜオレと戦わない?オレを馬鹿にしてんのか?女なんかじゃ戦う価値がないってのか?立て!立ってオレと戦え!」

なおも蹴り続けるジオンを何とか引き剥がしたのは、テッキとガンカクだった。

ジオンはガンカクに羽交い絞めにされながら暴れまわった。
「見ろ、見てたろ? オレの勝ちだ。あいつはやっぱりヘタレだったんだ。何が師範だ。おい立て!」
 
テッキが五郎に駆け寄り驚いた。五郎は仰向けに倒れてヒクヒク痙攣していた。

「やベえ!こいつ死んじまう。救急車呼ばなきゃ」

ジオンはガンカクに羽交い締めにされながら。
「死ぬ?この程度の打撃で死ぬなら死んじまえ!
何が形で相手を倒すだ?最初の一撃とやらはどこ行ったんだ? そんなの、このオレには一発も当たらなかったじゃないか!はは・・・」

ジオンはヒステリックに大笑い。
そして羽交い絞めのガンカクに。
「オレに触るな!何度も言ってるだろうが!」
彼女は自分の後頭部をガンカクの顔面にぶち当て、ひるんだガンカクの腹を自分の腰で跳ね飛ばした。
倒れ込んだガンカクの鼻血がまた吹き出した。ミヒとオバサンが駆け寄って手当をしてやった。

しかし、彼女たちは、まだ倒れている五郎には無関心だった。

むしろ

テッキ「やり過ぎだよジオン。こいつ死んじまう・・・」
道場破り組だけが、五郎の心配をしていた。

手当を受けているガンカクさえ。
「あーあ、俺この大センセイからいろいろ教えてもらえると思ってたのに。こんなにしちまって。テツ、とにかく救急車呼べや」

テツキが道場の脇に走り、置いてある上着からスマホを取り出したとき。

「止めときな。救急車も必要ないぜ」
ミヤギだった。

テッキはミヤギの腕を振り払い。
「何止(ト)めてんだよ? だいたいオメエら自分の師範に冷た過ぎなんだよ」

オバさんが。
「どっちにしても、道場破りに来たアンタたちの心配することじゃないよ。五郎ちゃんだったらすぐに回復するから」

ガンカクが。
「馬鹿言うな。ヤツはジオンの突き蹴りを何発ももらったんだぞ。
ジオンはな。プロレスラーのこの俺をノックアウトした女だ。たった三発の蹴りだけで」

彼らは道場の脇に集まり、熱く話し合っていた。

その向こう、道場の中央であお向けに倒れたままの五郎が、ブルブルっと激しく痙攣し、むくりと上半身を起こした。まるでゾンビだ。しかし、話に夢中な人々は、全く気が付かなかった。

「とにかく、早く何とかしないと。やっぱり救急車に電話する‥‥」

再びスマホを取り上げたテッキだったがいきなり、一方を見て。

「ワッ!」

スマホがスルリと落ちた。

ジオンがあっという間に床に落ちる寸前で掴む。凄い反射神経だ。

「何だよ?何騒いでるんだ?」

テッキの視線の先に目をやると。

「ワアッ!?」
ジオンは大声を上げ、スマホが彼女の手から床に落ちた。
しかし誰もスマホになんか気にしてなかった。

なぜなら。

そこには傷だらけ、血まみれの五郎が、本当にゾンビのようにフラフラと迫ってきたからだ?。
そして。
「すいません」
ミヒ「ゴロちやん!」
ミヤギ夫婦「やっぱりこうなるよね」
ニコニコしている。

そして
「ジオンさん」
五郎はジオンに向かって一歩、二歩。

とたんにジオンの心の中がハジけた。

「ギヤー!」

もの凄い悲鳴を上げ、腰が抜け、床に座り込んだ。それでも何とか必死で逃げようともがきながら壁ぎわまでん後ずさった。

「来るな来るなぁ!オレに近寄るな!」

このときの彼女は、男勝りの格闘家「ジオン」
ではなかった。恐怖に怯えた、一人の少女のようだった。いや、その言葉使いも。

「来ないで!わたしに近寄らないで。お願い、誰か、誰か助けてぇ!」
ジオンは気を失った。
ーーーーーーーーーーーーー本文終わりーーーーーーーーーーーー

第21話A「悪夢」へつづく (準備中)
または
第21話B「おやじ狩り」へつづく


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