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ヘタレ師範 第1話「出会い」

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「もう令和も何年目だよ? いつまで平成引きずってんだ?」
ヘルメットの中でライダーはそうつぶやいた。
ライダーの眼の前では、今まさに「おやじ狩り」が繰り広げられていた。

※おやじ狩り:少年たちが、主に成人男性に集団で暴力を振るい、金品を強奪する強盗犯罪のこと。1996年(平成8年)に流行語になった。※

夜の裏町である。しかも雨が降っている。薄暗い街灯の下。
大きな怒鳴り声が。
「逃げんなゴラ!」
「ごめんなさい、すいません」
一人の男が、5人のヤンキーに小突き回され、追い回されていた。
木刀を振り回しているヤンキーもいる。
襲われている男はは20代くらいの若者だった。散々殴られたのだろう。彼の顔は腫れ上がり、雨水と血でぐしゃぐしゃに汚れていた。

ヤンキーたちはゲラゲラ笑いながら殴ったり蹴ったり引きずりまわしたりしていた。若い男は逃げる様子はない。恐怖でそれもできないのだろう。

ヘルメットは。
「情けない。しかしまあ、雨も止んできたし、暇つぶしも悪くないか」

ドゥルルン!

ライダーはバイクのエンジンを始動した。
同時にヘッドライトが、ステージの役者を映し出すように『おやじ狩り』の場面を浮かび上がらせた。

音と光にギョッとフリーズするヤンキーたち。
彼らはヘッドライトを睨(ニラ)みつけた。眩(マブ)しく何も見えない。
「何だ? 何照らしてんだ、え? 関係ないヤツはすっこんでろ!」
リーダー格のヤンキーが、被害者の若者の髪の毛をつかみ、ヘッドライトに向かって怒鳴りつけた。
すると、

カクン! 同時にライトが揺れた。
バイクのセンタースタンドを下ろしたのだろう。
ヘッドライトの脇からライダーが出てきた。メット姿なので、何者なのかは全く分からない。
思わず後ずさるヤンキーたち。
しかしヤンキーは五人、相手は一人、ヤンキーたちはすぐに虚勢を取り戻した。

木刀のヤンキーがチッと舌を鳴らし。
「一人って『暴れん坊将軍』かよ? カッコつけんじゃねえ! テメェも、あいつみたいにフクロ(叩き)にしてやろうか!?」
しかしヘルメットは何も答えない。それが気に食わなかった木刀は。
「ヤロー!」
言いざま、ライダーめがけて木刀を打ち下ろそうと。
その瞬間。
ガツン!
「ギャッ!」

木刀ヤンキーの顔面に、ヘルメットの頭頂部がブチ当たった。
ライダーは被ったヘルメットのまま頭突きをカマしたのだ。
木刀ヤンキーは、鼻と口から血を吹きながら倒れ込み。
カラン!
木刀が雨に濡れたアスファルトに転がった。
ア然としているヤンキーたち。

ヘルメットが喋った。
口の部分が覆われていないシステムヘルメットなのだろう。
「これってオヤジ狩りかい? 一人を数人で寄ってたかって殴る蹴る。そういうの、嫌いなんだ。
それに、戦いもしないでヒイヒイ逃げ回ってる女みたいな男もさあ。オレ、虫酸が走るんだよね」

自分をオレとは言ってるが。
リーダー「女だな!テメエ?」
リーダーはライダーの上から下まで眺め下した。

ライダースーツに身を包んではいるが、細く長い脚と身体のラインから、確かに女。しかもモデル並みのスタイルだ。
しかし肝心の。

リーダー「面(ツラ)出せ。ツラ!でないと俺たちが寄ってたかっておめえの顔も身体もひん剥くぞ!」
ヤンキーたちがどっと笑う。

すると被害者の若者が。
「すいません、ボク大丈夫ですから‥‥あの、危ないですからもう行って下さい」
そういう若者の顔は血と雨で汚れ。腫れ上がっていた。

「バカ野郎! こっちは仲間一人潰されてんだぞ。黙ってこのまま帰せるか!(若者に)第一、テメェ! ヤラれてるクセに、女にカッコつけてんじゃねえ!」
リーダーが若者を殴り倒した。

女は、ゆっくりとヘルメットを外しながら。
「『ボク大丈夫です』って、その状況で何が大丈夫なんだか?」
女がメットを外すと、まだ雨に濡れていない長い金染め髪の一部がパサッと顔にかかった。
彼女は、ロック歌手のように、頭をクイッと振って、長い髪を後ろに飛ばしてしまった。カッコイイ動きだ。

女の顔が晒(サラ)された。
目つきは鋭く冷たいが。金染め髪に真っ赤な口紅がよく似合う。男好みだ。
ヤンキーたちは喜んで卑猥な野次を飛ばしたりヒューヒュー口笛を吹くヤツもいた。

リーダーが。
「へ、女独りで何しようってんだ。一人ブッ倒したくらいでまさか俺たちと勝負しようってか? こっちはまだ4人もいるんだ」
ザザッと男たちが女を取り囲む。彼女は落ち着き払って。
「4人ねえ。男ってのは悪いことするときどうして群れたがるんだろう?」

「やかましい!オイ、お前ら一度にかかれ!」
三人のヤンキーが女にワッと襲いかかった。
しかし。

ズン!ビシ!パーン!
「グワ!」「ウグ!」「ワッ!」
男たち三人は電気に感電したようにバタバタと倒れてしまった。男たちは動けない。
あまりに速い女の動きだった。
一人残ったリーダーは何が起こったのか全く分からなかった。

このとき、女は右足だけしか使わなかった。
まず、一人のアゴに前蹴りを喰らわせ、右隣りのミゾオチにサイドキック。
その足をそのまま、左隣りの横っ面に背足の回し蹴りを見舞ったのだ。

前蹴りを放(ハナ)ったあと、脚を戻さずクルリと返して回し蹴りで攻め込む技がある。
でもそれは一人を相手にしたときだ。
三人を相手に、片足だけの蹴りワザだけで仕留める。なんてプロの格闘家だって簡単にできることじゃない。

女が
「さっきは俺達四人がどうとか言ってたけど。どうする?今はあんた一人だよ」
リーダーは青くなり、女と、倒れた仲間たちを何度も見ていた。そして、落ちていた木刀を慌てて拾い上げ。

「ワー!」
めちゃくちゃに振り回しながら女に迫った。
リーダー「クソ!クソ!クソ!」

女も流石に素手では対応に苦慮して後ろに下がってしまった。
どんな格闘技でも、下がるのはとても危険な行為だ。
下がり続ける限り反撃しづらく、相手は次から次に追い打ちをかけることが出来る。
しかも下がる側はいつか追い詰められてしまう。

案の定、女は2、3歩下がったところで何かにつまずいて倒れてしまった。
ブン!
そのとき、ムチャクチャに振りまわしていた木刀の切っ先が女の顔をかすめた。
女の頬から一筋の血が流れる。

それを観たヤンキーは思い切り木刀を振りかぶり
「くたばれ!」

ビシッ! カランカラン!

女はハッとした。誰かが覆い被さってきたのだ。ヤンキーたちか?
「触るんじゃねえ!オレを舐めんな!」
女は男みたいにそう叫ぶと、覆い被さってる男の股間にヒザを打ち込んだ。
とはいっても、仰向けに寝た状態で効果的なヒザ蹴りなどできるハズはない。
しかしターゲットは男の股間だ。
大袈裟な攻撃なんか必要ない。指で弾いたって悶絶する敏感な、男だけの急所(金的という)なのだ。
ちなみに金的以上に敏感な急所は眼球だといわれている。ホコリ一つ、ゴミ一つでダメージを与えられる急所は他にない。

しかし女のヒザ蹴りはヒットしなかった。
男が中途半端に足を閉じていたので女のヒザが届かなかったのだ。
しかし男の体のどこにも力みがない。
「ウウッ」
そ呻きながら、女の横に転がった。女は跳ねるように飛び起きて。
「ふざけやがって‥‥」
ありとあらゆる悪態をつきながら男の身体を蹴りつづけた。
「何でだよ?」 
「え?」
女が振り向くとそこにリーダーヤンキーが、腰が抜けたように座り込んでいた。
「何だと?まだオレにケンカ売るつもりか?てめえもコイツと同じ目みたいのかよ」
「いや、もうそんなこと思ってねえよ。でもあんた、何でそいつをボコってるんだ?」
「何で? この男お前の仲間だろうが?」
「俺たちは高校生だ。そいつが高校生に見えっかよ?」
ここは暗がりで女に被さった男の顔はよく見えない。
男は女の攻撃が止まったのを見計らって、何とか立ち上がろうとした。男の顔がヘッドライトに一瞬照らされた。腫れて血まみれだ。

女「おまえ?被害者?」
ヤンキーがうなずく。
若者はフラフラとそこから立ち去ろうとした。「すいません、ボクもう帰ります。もう用事は終わったので」
女「用事?」

「いえ、もうそれは終わりました。あなたのおかげで予想外の展開になっちゃいましたけど」
女はカッと若者を睨みつけ。
「てめえ!ドサクサに紛れて女に抱きつくことが用事か!?」

するとリーダーヤンキーが。
「守ったんだよ」
「何?守ったって何を?」
ヤンキーは、女を指差した。
「オレ?」

「あいつは、俺が振り下ろした木刀を自分の身体で受けたんだ。でなけりゃあんた、タダじゃ済まなかったろうよ」
女は驚いた。
「(まさか?じゃ私は自分の恩人を蹴りまくってたというの?)」
女の言葉は、男のように荒々しいが、心の中は女としての自分をごまかせなかった。

彼女は慌ててあの男を見た。
フラフラと去って行く彼の背中には、肩から反対側の脇腹まで一直線のアザがあった。そのアザは、何ヶ所からか血をしたたらせていた。
木刀の一撃はそうとうなダメージだったに違いない。

もしあの男が自分に覆いかぶさってくれなかったら?
「待てよ!お前、いやあんたどこの誰なんだ?」
女は男を走って追いかけようとした。しかしエンジンかけっぱなしのバイクを置いて行くわけにはいかない。

女は戻り、バイクで男を追おうとしたがもうどこにも彼の姿はなかった。
ヤンキー「しかしヘンなヤツだな、俺たちに酷い目に合わされ、あんたを助けて木刀で殴られ、助けた相手からは蹴られまくられたんだから」
女の心に後悔の念が噴き出してきた。
「ちくしょう、あいつにもう一度‥‥」
詫びを入れるつもりだった。

「あの男大丈夫かな?何せカシの木刀で殴られたんだ。
都市伝説だけど、カシの木刀は身体にぶち当たるとそこの肉が切れてさ、傷痕は何年も残るらしいぜ。あんただってその顔にかすめただけで‥‥」

ブルルン!
女はスロットルをグイと廻した。バイクが飛び出し、ヤンキーはすれ違いざま、女にしたたか蹴飛ばされた。
「ガハッ!」
次の瞬間、ヤンキーは、数メートルも飛ばされていた。
彼はは意識を保つことができなかった。
他の仲間たちも、もうどこかに消えていた。

このときのバイクの女がジオン(慈恩)若い男は五郎といった。

ーーーーーーー本文終わりーーーーーーー

ヘタレ師範1出会い 終わり

ヘタレ師範2慈音(ジオン)へつづく

※ これまで掲載していた「ヘタレ師範1から11」を全面リニューアルしました。これまで読んでいただいた皆さんごめんなさい。


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