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ヘタレ師範 第10話「振り袖稽古」

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最初の立ち合いはミヒとテッキだった。

ミヒはテッキと向かい合ったとき、なんと浴衣姿のままだった。
その浴衣は白地に青と紫の大きなアサガオの柄に朱色の帯をリボン結びに巻いている。

テッキはここに来たときから、このコリアン美少女ミヒに目を付けていた。彼は心の中で。

「(すっげえ可愛いじゃん。それに韓国娘にしちゃ浴衣もよく似合う。
でもこの女、浴衣なんかでどうやって戦うつもりなんだ?‥‥‥待てよ‥‥)」

テッキの頭の中に妄想が膨らんだ。それでミヒに。
「浴衣の姉ちゃんさあ、そんなカッコで試合なんかできんの?」
「ゴシンパイなく」

テッキはニヤニヤしながら。
「でもさ、でもさ。ハイキックなんかしたら丸見えじゃん。それとも何か? そんな色仕掛けで俺に勝とうってか? ま、そういうのも嫌いじゃないけど‥‥」

するとミヒは
「見たい?」
テッキの声が裏返った。
「えっ? も、もちろん」
ミヒはニッコリ笑っていきなり浴衣のスソを捲(マク)り上げた。

テッキは感激し
「おお!」

しかしすぐに。

「‥‥おぉぉ?」
ミヒの浴衣の下は、ヒザまでのスポーツパンツだった。しかも浴衣と同じアサガオの柄だ。

テッキはガッカリ、ミヒニヤリ。

「バーカ、アナタのアタマん中とっくにお見通しだ。
イヤらしい男たちにスキ見せない。これ女武道家としての心ガマエね」
流し目でウインク までして見せた。

オバさんが吹き出した。
「男ってのは考えることはみんな一緒だねえ。もっともここの連中はみんな、ミヒちゃんの浴衣の中身は知ってたけどさ」
テッキ「え?何で?」

「さっき言ってたろ? ミヒちゃん、この道場の受付けしてくれてんの。
だから、チマチョゴリとか正月は振袖着たり夏場は浴衣なんかでね。
でもここの道場生でもあるからその格好のまま練習するんだよ」

ガンカク「そんなんじゃ格闘技の練習にはならないだろう?」
ミヤギ「お前ら街で暴漢に襲われたら、『ちょっと待ってくれ今道着に着替えるから』って待ってもらうのかい?
相手は待ってくれるのか?
世間は四角いリングとは違うんだ。ルールも禁じ手もない世界だろうが?」

テッキ「何だよ?何が言いたいんだよ?」
「着ているものが浴衣だろうが、振り袖だろうが街歩いてたらヘンなのに絡まれるってことあるだろ?
いっつも道着なんか着て稽古したって、イザというとき役に立つか?
特に女の子の道場生たちは、夏は浴衣稽古、新年は着物稽古なんてのもあるんだよ。結構役に立ってるよ」

ミ匕が大声で
「着物稽古ちがうよ。お正月はフリソデ稽古」

テッキ「浴衣稽古に振り袖稽古?」
ジオン「ルールも禁じ手もない世界?」

オバさん「だから、ここでは誰も道着なんて着ないでしょ。
でも浴衣じゃスソが乱れるし、ミニスカなんか、立ってるだけで、あんたたち、目のやり場に困るだろう?いや、困らないか。
だ、か、らミヒちゃんも他の女の子の弟子たちもさ、脚上げても恥ずかしくないようにあんなジャージで男どもの視線をブロックしてるのよ。
ま、テレビや映画の女優さんだって、表衣装の下にはレオタードを付けてるって話しだし。
ミヒちゃんの場合もそれとおンなじってワケ」

ミヤギ「まあ突撃兄ちゃん(テッキのこと)たちゃ、一見(イチゲン)さんの道場破りだもんな。
浴衣姿のミヒちゃん。イケてるからな。おめえがイヤらしい妄想を抱くのも無理ないか。ヒヒ」
つられてオバさんやミヒまで笑いだした。

その笑いに、テッキは自分がバカにされたと思った。
テッキのガッカリ顔が、見る見る赤鬼になり。

「何がイヤらしいだ!? 他の男なんかと一緒にすんな!俺は浴衣(ミヒのこと)をそんな目では‥‥」

ジオンがすかさず断定した。
「見てるよな、とくにテツはいつも」
「ジオン、そんなことは‥‥」
「おや、忘れたのかい? 3ヶ月前、オレと初めて戦ったとき?」

テッキも、ジオンの道場破りの募集に応募した一人だった。ガンカクが応募する前のことだ。

最初に二人が顔を合わせたとき、テッキはジオンが若い女だと知って驚いた。

採用の条件は、ジオンと試合をして実力を認められることだった。
そして、その試合の場所は、ガンカクのときと同じあまり人気(ヒトケ)のない夜の公園、言わば密室のようなものだ。

それで

テッキは勝負にかこつけて、ジオンに襲いかかろうとした。
しかし、そのとたん、ジオンはとても女とは思えないような凄まじい形相に代わり‥‥‥。

テッキはそのときのことを思い出し。
「殺されるかと思ったぜ。あんな怖い経験、二度としたくない」

ジオン「それにしちゃ成長してないよな、あのときから。
ここに来てからずっとそのコリア女のエリ足とかスソばかりチラ見してたし。 最初からその女に気があったんだろ?」

テッキは今度は別の意味で顔を赤くして、しどろもどろに。
「そんな、いや、その、しかし、俺も男だし、本能的に美人やかわいいコには‥」

ジオンはしどろもどろを無視して。

「この試合、オレと代われ」

いきなり選手交代を命じた。
テッキ、またガッカリ。

「えーっ? 何で?」
「あのときも、オレにスケベ心起こして泣き見たろ? スケベなテツじゃ心もとないんだよ」

テッキは情けない声で
「そんなー、スケベスケベって、あんまりだ。ジオン?」

「女に、特に若い女相手にまた負けでもしたら恥だろ? そんなコトにでもなってみな、あのSNSバアさんにあっという間に拡散されちまう」

テッキは喰い下がった。
「でも‥‥でも負けなきゃ良いんだろう。俺が負けるなんてありえないし」
「自信満々だな。でも考えてみろよ。たとえ女に勝ったって、男のテツには何のメリットもないんじゃないのか? 四の五の言わずに今回は諦めな」

テッキはジオンには逆らえない。実力が違いすぎるのだ。

彼は、すごすごと下がり。ジオンはミヒに。

「そういうわけだ。『イラッシャイマセ』さんよ」
「『イラッシャイマセ』ワタシの名前ちがう。それ日本のオモテナシのアイサツ」

ガンカクがからかった
「知ってるよ、そんなこたあ。ここにいるのはお前さん以外みんな日本人ニダ。」
ミヒ「ニダって? あなたジョークも韓国語も下手クソ。それにワタシ相手誰でもいい」

そしてジオンにペコリ。

「姉さんよろしくデス」

ジオンは鼻で笑い
「ふ、女じゃオレの相手は無理だと思うけど?」
「ムリじゃないヨ。お姉さんとわたし女同士ネ」
「そうかい、一応警告はしたからな」

とたんに、ジオンの眼差しが厳しくなり、ミヒを見据え、顔を正面に向け、半身に構えた。

「始めるぜ! どっからでもかかってきな」

ーーーーーーーーーーーーー本文終わりーーーーーーーーーーーー


第11話「貫き手(ヌキテ)」へつづく


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