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ヘタレ師範 第11話「貫手(ヌキテ)」

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最初の立ち合いはミヒとテッキだった。

ミヒは、特に構えず。自然体で立った。表情はやわらかく、緊張感も殺気もまるでない。

テッキが小声でボソッと。
「そんな棒立ちで大丈夫かよ? いくら女同士でも、舐(ナ)めてるとケガするぜ。
ジオンはな、プロレスラーのガンカクさえ気絶させたことがあるんだ」

ミヒはにっこりと
「アリガト」

テツキはコリア美少女のミヒの気を引きたくて、そんなアドバイスをしたのだが、しかしミヒの棒立ちはそのままだった。

しかし、テッキ の忠告は、他の耳にも‥‥。
「聞こえたぞ、テツ!てめえ!」
大声をあげたのはガンカクだ。

怒った彼は応援していたことも忘れて、有無を言わさずテッキの頭を押さえつけ、ヘッドロックをカマした。

テッキ「わッ!何しゃがる?」

「よけいなこと、ペチャクチャほざきゃがって! ジオンに気絶させられたのはお前だって同じだろうが!?」

テッキはもがきながら。
「離せ!女に敗けた黒歴史は俺もガンカクも一緒ってことを言いたくて‥‥」

「ウソつけ!テツお前、あのときジオンに散々いたぶられて、泣いて土下座したことを、その浴衣女に黙ってたくせに。
自分だけカッコつけやがって。もうカンベンできねえ、覚悟しろ!」

ガンカクは自分の脇バラでヘッドロックに决めた腕をガッとテッキの首に回し、思いっきり絞め上げた。

ガンカクに絞め落とされた前科のあるテッキは必死に抵抗した。

しかし相手はプロレスラーだ、容易に脱出できないし、声も呼吸も。

「ウウ、ググ‥‥」

テッキは気を失いそうになりながら、苦し紛れにガンカクのズボンを掴み、引きずり下ろした。

何とかガンカクの下着は残ったが。

「わあ!何しやがる?」

ガンカクは、悲鳴に近い大声を上げ、テッキを突き飛ばしすぐにズボンを引き上げた。

これまでのガンカクとはあまりに違う慌てようだった。

「貴様ァ、よくも」

テッキはヒーヒー息を整えながら。

「ずっと考えてたんだ。プロレスラーのガンに勝つ方法をよ。
前にも絞め殺されかけたからな。
そこで考えついたのが、『バンツ丸見え作戦』。
こんなに上手く行くとは思わなかったぜ、へッへー、敵討ちってヤツだ。ガンの慌てようったらなかったぜ」

「この野郎!」

ガンカクは歌舞伎メイクの顔を真っ赤にしながら、テッキの胸ぐらをつかみ、殴り倒そうとした。テッキは、ガンカクの股間をヒザで蹴り上げようと‥‥。

「やかましい!」

ジオンが怒鳴りつけた。

二人はつかみ合ったままフリーズしてジオンに目を向けた。

ジオン「女に負けたのが恥ずかしい? それがケンカの理由って、ガキかよ?」 

ガンカク・テッキ「‥‥‥」

ジオン「オレは今、道場破りを楽しんでるんだ。しかもこれから国際試合をよ」

テッキ「国際試合‥‥?」

ガンカク「バカ、ジオンのジョークだよ。浴衣はコリアだろうが」

ジオン「なのに、女に負けたとか黒歴史とか、くだらねえこと‥‥‥?」

その瞬間だった。

ガンカクとテッキが「あっ!」と息を呑んだ。

同時に、ジオンの金色の前髪がかすかにゆれた。

普段はそんなことは気にも留めない。

前髪なんて自分が動いたってゆれるのだから。

しかしジオンは動いてないし、この道場には風も吹いてない。

ジオンはキッと視線を戻したが、次の瞬間驚きを隠せなかった。

ミヒの細い指さきが二本、ジオンの両眼の寸前で止まっていた。
「何だよこれ?」

空手でいう「貫手(ヌキテ)」。手の指で相手の眼球をつらぬくワザだ。危険なので公式の試合では使えない。

だからミヒの貫手は寸止めだった。

眼の前で仕掛けられたワザなのに、ジオンは気が付かなかった。

うかつにも、彼女の視線が対戦相手のミヒから、ケンカしているガンカクたちに向いてしまっていたからだ。

驚いたジオンはハネるように飛び退いた。
「てめえ何しゃがる!? こんな卑怯なやり方?」

観戦していたミヤギが吹き出した。 

「ヒーッヒヒヒ」
下品な笑いだ。

「このヒヒジジイ!ヘンな笑い方すんじゃねえ!」
「笑えるぜ。卑怯ってか? そんな文句が姉ちゃんたちの口から出てくるなんてな。ヒヒヒ、これは笑える。ヒヒ‥‥」

笑いが止まらない。

ジオンはカッと

「ジジイ!いい加減にしねえと」

ミヤギは真顔に戻り、落ち着いた声で。
「聞いたんだがよ。姉ちゃんたちゃ、寸止めルールの道場押しかけて、フルコンでノックアウトするらしいじゃねえか、ちがうか?」

テッキ「だから何だって言うんだ?」

「 顔面攻撃禁止には顔ボコボコ。ちょっと手強い相手だとそこの怪物(ガンカク)がプロレス技で絞め上げてギブアップさせる。いや、締め落としてんのか。‥‥てな感じでよ」

ガンカク「勝負なんだ。とにかく勝ちゃいいじゃねえか」

ミヤギ「あのさ、世間じゃそういうのを卑怯と言うんじゃなかったっけ?」

ジオンたちははグッと詰まった。

「そんな姉ちゃんたちが、ミヒの貫手を卑怯だなんて真面目な顔でぬかすんだ。
あまりに可笑しくって笑いのツボにはまっちまったんだよ」

理屈はミヤギの言うとおりだ。

しかしジオンにはそんな正論を認めるわけにはいかないワケあった。

「そんな屁理屈どうだっていい!勝負の世界は勝ち負けだ。
世の中の戦争見てみなよ。理屈も卑怯もあるかよ。正義なんてどこにも無いじゃないか」

ジオンはミヤギを睨みつけた。

ジオンの前髪がまたゆれた。
ジオン「しまった!」
ミヒの指先がジオンの目の前にあった。今度は人差し指1本だった。

ミヒは、ジオンの視線がミヤギに向いたのを見逃さなかったのだ。

ジオンはくやしまぎれに

「テメェまたしても汚ねえ手を」

オバさんが。
「おや、今度は『卑怯』とはいわないのかい? 姉ちゃんのリクツじゃよ。戦いには卑怯も汚い手もないんだろう?」

ジオンはそのことばを無視したが悔しかった。胸の中は怒りに震え、阿修羅のような眼で、ミヒを睨みつけた。

第12話「スキ」へつづく




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