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【『風景によせて2022』コラム第0回】プロローグ(渦中からの旅)

作品は意味を積み上げるんじゃなくて、経験を溜めて作っているんだよね。
――中谷和代、ある日のミーティングにて

Photo:Wakita Tomo

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〈ランドスケープシアター〉*とはなにか?

* ソノノチが新たに開発する上演様式の名称。
これ以降は紙幅の節約のため〈LST〉と表記する。

このコラムではこの問いに取り組んでいきます。これはパフォーミングアーツ・グループ「ソノノチ」による上演様式の名称です。これだけで当座の答えにはなります。あるいは、それは屋外で複数のパフォーマーにより最小の音響設備で行われる非発話、非ドラマ的なパフォーマンスだ、と概要を述べることもできます。これらはこの活動のある一部の説明にはなっていますが、どこか「足りない」印象があります。
「印象派とは」「シュールレアリズムとは」「小劇場演劇とは」など、任意の様式に置き換えて考えていただくと、そのとらえどころのなさと答えづらさを感じられるかと思います。

では、この問いに十分に答えるためには何を考えたらよいか。これは、この問いに私が――普段この団体に社会学のフィールドワークで入り、内とも外ともつかないふわふわとした立場でその活動を観察している者の立場から――十分に答えるためには、と言い換えるべきかもしれません。

私が明らかにしたいのは、例えば〈LST〉が他の上演様式、あるいは他の芸術表現の形式とどのように似ており、どのように異なるのか。どのような背景から生まれ、どのような社会の動向を反映しているのか。〈LST〉という概念が協働の過程でどのように構築され、どのように変化してきたのか、といったことです。
一パフォーミングアーツ・グループの独自用語でありながら、その個別性からなんらかの一般的な含意を引き出すことができれば、〈LST〉がこの社会の中で「なに」なのかを多少なりとも明らかにできるのではないか。そんな淡い期待を持っています。

〈LST〉の誕生と発展の過程にはたくさんの人の想いが関わってきました。そしてこれらの想いは代表の中谷和代氏(かずさん)を中心とする「渦」のなかで生まれ、〈LST〉というものを形作る原動力のようなものです。今も原泉でのクリエイションの最中にこの文章を書いていますが、稽古、食事、MT、風呂、会話、睡眠、戯れといった日々の繰り返される活動のなかで、誰一人が欠けてもそうはならなかったであろう形で「作品」はつくられています。

組織は様々な部署(演出、パフォーマー、衣装、制作、サウンド、などなど……)に分けられ、各部署はそれぞれが数多の作業をひたすらにこなす。もちろんそれは「芸術」を生産する営みですから、時には立ち止まり、集まった者たちの”クリエイティビティ”を絞り、行っては戻りを繰り返す。この渦が作り出したものの名前が作品で、それにまた多くの紆余曲折を経て名付けられた名前が〈LST〉である……とりいそぎこのような理解から始めようと思います。

本コラムはこの渦の中を漂うさまざまな要素に順番にスポットライトを当てるものです。具体的には次のように進めていきます。まず第1・2回ではパフォーマンスの歴史における時間の位置づけの変化などに触れながら、〈LST〉の特徴について考える。
このように、毎回小テーマと〈LST〉の関係を扱うなかでさまざまや芸術実践や社会の網の目のなかで〈LST〉がいかなる位置を占めるのかを考察します。

これらのテーマはソノノチのクリエイションのなかでもちあがり、問題になっていることがらです。不定形な仕方で稽古場に漂うこれらのテーマを私が用意できる材料で調理してみること。渦中にありながら、渦について考えていきます。

全10回のこの連載のなかで答えらしい答えにはたどり着かないでしょう。というより、〈LST〉が何たるかはそれを作っている途中で明らかになるような性質のものではないように思います。それでもこのような文章を書こうと思い立ったのは、〈LST〉とはなにか(ひいては任意の様式とはなにか)について考えるという行為がすこぶる楽しいためです。この数年間、ソノノチでのフィールドワークのなかで何度か次のような瞬間に立ち会ってきました。クリエイションメンバーの誰かが「もしかして」と話し出すと、膠着した議論がスルッと解きほぐれ、「これだ!」という感覚が共有される。いつ現れるかわからないそんな瞬間にまた遭遇すべく、当て所もない散歩に出かける気持ちで今後も読んでいただければ幸いです。最後は同じ場所に戻ってくるとしても、旅は楽しいものだと信じています。

●筆者プロフィール
柴田惇朗(しばた・じゅんろう) 
芸術社会学。主テーマは「小劇場演劇・パフォーミングアーツの価値の社会的生産」。ソノノチでは過去数公演でアーカイブとしてプロジェクトに参加しながら、フィールドワークを行っている。立命館大学大学院先端総合学術研究科・博士後期課程、学振特別研究員DC1。

【第1回のコラムはこちら】


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