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人の何に対して緊張するのか

僕が人の何に対して緊張するのかについて書いていこうと思います。

人といる時に僕は、常に緊張状態である。何にそこまで緊張するのかというと、[相手につまらなく思われていないか]ということが念頭にあるからだ。

面白くないといけない。面白くないと嫌われるという考えがある。なぜこのような考えになったのかは、わからないが、それが念頭にある為に人といる場面では緊張がある。常に道化師のように自分を演じていないといけない感覚がある。

人といる時、自分の発言で相手がつまらなそうな顔をしていたら落ち込み、相手との会話のラリーの中で笑いがないと不安になってきて体が強ばり次の一言やフレーズが出てこなくなる。相手も気まずそうな顔をしているのがわかるのでますます会話に対して恐怖を覚え固くなる。そして、目の前のものを触ったり、飲み物を仕切りに飲んだり、煙草を吸ったり、スマホで用事があるフリをして気を紛らわせる。盛り上げる為にその場凌ぎの嘘を言ったりして、その場をやり過ごすこともある。この時、頭の中では、[つまらないと思われているな、一緒にいて楽しくなさそうだな、申し訳ないな]という言葉がぐるぐる回って一緒にいる時に一人反省会を頭の中でしてしまっている。そのような状態なので、相手とのコミュニケーションはうまくいかずに気まずいものになり、人といることが恐怖になっている。

なので、人に会うのには毎回スイッチをオンしなければいけなくて、エネルギーを過剰に使うのである。人混みや、人が沢山いる会議などでもそのスイッチが入り、強く疲れてしまう。

なぜ人につまらないと思われたくないか、面白いと思われたいのかというところを掘っていかないと根本解決がしなさそうな話であるが、いろんなカウンセリングや、精神療法、催眠療法などで今取り組んでいる途中だ。

今のところの見解では、大元に見捨てられ不安がありありのままの自分でいた時に人から嫌われてしまった体験やトラウマが眠っている為にそのようになってしまっているというのが有力説だ。

そして、そのように考えなきゃいけなくなった根幹を探し当てて癒していくという治療方針だ。

どうにかしたいという気持ちが本当に強い。本当は、人と触れ合って接したいのに人といると緊張してしまうというジレンマの中にいる。人といる時は、気楽に飾らずにありのままいたい。色々飾って演じてきたので、ありのままの自分というのが自分自身でもわからなくなっているのだが。


焦らずゆっくりこの問題には向き合っていきたいと思っている。この問題をクリアできた時には、とても大きな楽しみが待っているのと期待を胸に。


そして、その問題に対して向き合った道筋を一個一個ここに記録していこうと思う。


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