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【小説】どの顔もあの女

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自宅マンションで絞殺体として発見された、自称小説家の高梨真矢(33歳)。一体なぜ、誰に彼女は殺されたのか。真矢の恋人が遺された“資料”をもとに、真矢の過去を知る人々のもとを訪ね、… もっと読む
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記事一覧

友人・辻麻友子の証言 【小説】どの顔もあの女#36

 ライターの辻麻友子と申します。真矢さんに数年前、Web媒体のインタビューをさせてもらったことがあります。そのときの原稿を気に入ってくれてから、1年に2〜3回くらいですけど、ごはんに行ってました。最後に会ったのは1ヶ月前で、かなり思い詰めた顔をしていました。  どうしたのかと聞くと、「アシスタントの弘子さんがパートナーに洗脳されていて、なんとか助け出したい」と言うんですね。弘子さんは3年くらい前、真矢さんに「真矢さんのファンです。何でもしますので、仕事をお手伝いさせてくださ

担当編集・安斎真奈実の証言 【小説】どの顔もあの女#35

 高梨さんの担当編集をしていました。3作目以降の小説ですね。ご存知の通り、高梨さんは処女作のときから、性愛をモチーフにした作品を書いていました。1作目と2作目を読んで「この人はもっと書けるのでは」と感じていました。  性愛について抱えたマグマのようなものがあるのに、なぜか出し切らずに溜め込んでいるように思えて。表現しきれていないなあ、とも。それは果たして、素材が足りていないからなのか、自分の経験をもとにして私小説的になってしまうのが嫌なのか、理由はわからなかったので、打ち合わ

元彼・久坂部康二の証言 【小説】どの顔もあの女#34

 3カ月くらい前まで、真矢さんと付き合ってました。出会ったのはマッチングアプリです。僕、こんな見た目ですから、女性にいいねとか送っても、全然返ってこないんです。だって、女性って太ってる男も、ハゲてる男も、好きじゃないでしょう。需要ないんですよ、僕。  婚活も結婚相談所に登録して3年近くしてましたけど、全然上手くいかなくて。お見合いしても断られるばかりだし、そもそもお見合いにたどり着けることが奇跡でした。罵倒されたことも数知れずです。例えばですか? あー、婚活パーティで女性に話

父・高梨昭夫の証言 【小説】どの顔もあの女#33

 はあ、あなたが真矢とお付き合いしとった方ですか。そうですか……(しばし沈黙)。真矢が男の人を家に連れてきたのは、哲哉くんだけやったね。ああ、離婚しましたけど、結婚してた相手です。籍を入れた年の正月に連れてきて。「この人と結婚したよ」言うてニコニコしてました。一回しか会ってませんし、連絡も取ってないので、ほとんど覚えてません、哲哉くんのことは。  ほんで、今日は何を聞きたくて来られたんですか? 真矢がどんな子どもだったか、ですか。はあ……。私もね、娘のことはようわからんので

セフレ・吉川瑛太の証言 【小説】どの顔もあの女#32

 真矢ちゃんとの出会いは半年くらい前です。きっかけは出会いアプリですね。SNSで共通の友達がいる人と出会える、みたいなアプリです。なんでそのアプリを使い始めたか、ですか?  僕は恋愛や結婚相手探しというより、セフレ探しが目的でした。彼女は欲しくないんで。だって、時間を取られるじゃないですか。だから、いらないかなって。仕事が忙しいからセフレがいれば十分です。  真矢ちゃんも彼氏が欲しいとか、結婚したいとか、そういう考えはないみたいでした。だから僕と似てたんですよね。ニーズが近

20年来の親友・富田美香の証言 【小説】どの顔もあの女#31

 私と真矢さんって、かれこれ20年近く付き合ってて、出会ってから人生で起きた出来事のすべてを共有している仲なんですけど、ちょっと不思議な縁なんですよね。同じ学校だったわけでもないし、接点もほとんどないのに、長期的な関係が続いています。最長で5年会わなかった時期もあるくらいです。だけど、かなり頻繁に会う時期もあって、電話やメールも毎日のようにしていたこともあるし、他の友達とは一線を画す特殊な関係性でした。    出会いは中学時代に通っていた塾の夏季講習です。私は中3になってから

不倫夫の妻、江波陽子の証言 【小説】どの顔もあの女#30

 夫と離婚したいと思うようになったのは、結婚2年目くらいからかな。結婚して10年になります。授かり婚でした。最初の頃はなんとかやってました。でも、徐々に「この人、無理かもしれない」と思うようになったんです。  夫の嫌いなところですか? 嫌いなところしかないですけど、むしろ。例えば、食事中もスマホばかり見てて、こっちをろくに見ないとか、基本的に冷たいところとか、私に関心がないところとか……。なんでこの人と結婚しちゃったんだろう、と心底不思議ですけど、子どもがまだ8歳で、離婚は難

トラットリア イソダ・磯田浩介シェフの証言 【小説】どの顔もあの女#29

 人形町で「トラットリア イソダ」というイタリア料理店をやっています。以前一度、高梨さんといらっしゃいましたよね。ありがとうございます。  高梨さんは常連のお客様でした。初回はおひとりで、その後は妹さんとふたりで来られて、それからは男性の方と来られていました。  高梨さんはうちの近所に住まれていて、それもあってうちをよく使ってくださいました。引っ越したての頃、散歩をしていたときに、偶然うちを見つけてくださり、それ以来のご縁ですね。  妹さん以外の女性とお越しになったことはない

妹・高梨葵の証言 【小説】どの顔もあの女#28

 実家にいた頃の姉との思い出ですか? ……正直、そんなにないんです。4歳離れてるとあまり交わる機会がないんですよね。  小学生時代の姉がどんな子だったか、ですか。覚えてることを何でもと言われても、意外と難しいですね。なんとか思い出します。  あ、ありました! 妙にケチだったというか、変わったところでケチでした。今でも覚えてるのは、電気をつけずにトイレに入るクセですね。「電気がもったいないから」「つけなくても事足りるから」という姉なりの考えで、電気をつけないんですよ。  だか

バツイチ仲間・結城未来の証言 【小説】どの顔もあの女#27

 真矢ちゃんとは恋愛の話をすることが多かったです。出会ったきっかけですか? 前職の上司が真矢ちゃんと知り合いで、「結城さんと合いそうな子がいるんだ。彼女も格闘技が好きなんだよ」とつなげてくれて。  サバサバした性格も私と相性がよかったみたいで、意気投合したんですよね。一緒に格闘技を見に行ったこともありました。  合コンも何度か行きましたね。私たちバツイチっていうのも共通してて、お互い30歳くらいで別れてるんですよね。私の方が5歳上ですけど、年齢差は全然気にならなかったかな。

落語家・川端辰乃助の証言 【小説】どの顔もあの女#26

 知らせを受けたとき言葉が出ませんでした。高梨さんと知り合ったのは仕事です。僕は前に本を出してまして、出版に絡むインタビューを受けて、彼女の記事がとても評判が良かったんです。それから仲良くしてもらってます。  ……はい、前に週刊誌に撮られた相手も彼女です。真打昇進後数カ月経っていたときで、注目度が高まっていた時期でした。「人気落語家と関根麻里似美女の熱い5時間」みたいに書かれました。高梨さんが関根麻里さんに似てるかはさておき、確かに彼女の部屋に出入りしていたのは事実です。でも

大学同期・近藤知沙の証言 【小説】どの顔もあの女#25

 真矢さんのニュース、聞きました。正直、言葉が出ません……。はい、大学時代、同じサークルに入ってました。私にとって真矢さんは、今まで出会ったことがないタイプの人だったと思います。つかみづらい部分もところどころあったので。  最初にびっくりしたのは、ミクシィで「友達」になって、真矢さんの日記を見たときです。スナックでバイトを始めたと書かれていて驚きました。周りに水商売バイトをする子がいなかったので、けっこう衝撃を受けたというのが正直な感想です。  スナックで働く前はお弁当屋さん

取材相手・杉原拓のメール 【小説】どの顔もあの女#24

Fwd: 【NKP】※11/13午前までのお戻し希望です※ 杉原様へ原稿チェックのお願いです To: 江藤桐花 <kirikaeto@gmail.com> 高梨さんの彼氏さんへ こんにちは。 高梨さんと仕事で繋がりがあった、ライターの江藤桐花と申します。 この一連のメール、当時、高梨さんから受け取りました。 丸ごと転送しますね。 ・取材で出会った、まったく恋愛対象ではない30歳くらい上のおじさんから、1-1での食事に誘われて困っている ・ネットストーカーされていて怖い

前職の先輩・西本早百合の証言 【小説】どの顔もあの女#23

 えっ、真矢ちゃんが死んだ? どうして? 殺されたんですか? え、ホントですか……。信じられないですね。まだ若いじゃないですか。なんで殺されちゃうのかな。  はい、真矢ちゃんは私の部下っていうか、同じチームの後輩でしたね。私は中途入社で、真矢ちゃんは新卒入社です。4学年離れてましたね。うちの会社、新入社員は1カ月研修してから、各部署に配属されるんですね。5月の連休明け、初めて会った真矢ちゃんは、いい子に見えました。暗めな茶髪で派手な印象はなくて、真面目そうだなって。でも、私の