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友人・辻麻友子の証言 【小説】どの顔もあの女#36

 ライターの辻麻友子と申します。真矢さんに数年前、Web媒体のインタビューをさせてもらったことがあります。そのときの原稿を気に入ってくれてから、1年に2〜3回くらいですけど、ごはんに行ってました。最後に会ったのは1ヶ月前で、かなり思い詰めた顔をしていました。

 どうしたのかと聞くと、「アシスタントの弘子さんがパートナーに洗脳されていて、なんとか助け出したい」と言うんですね。弘子さんは3年くらい前、真矢さんに「真矢さんのファンです。何でもしますので、仕事をお手伝いさせてください」と連絡してきた人で、アラフィフの女性ですね。

 主に作品に関する調べ物やメールの一次対応、スケジュール確認などの秘書的な業務を任せられていたようです。弘子さんは仕事が早くて、気が利いて、責任感があって、いつもにこやかで、非のつけどころのない人だと、真矢さんは彼女を信頼しきっていました。とてもいい関係だったそうで、私も弘子さんのいい話は何度も聞いていましたね。

 ただ、2ヶ月くらい前から弘子さんの様子がおかしくなった、と真矢さんは順を追って話してくれました。弘子さんは成人した息子さんがいる既婚者ですが、恋人ができたらしいんです。旦那さんは単身赴任で、息子さんも家を出ていて、弘子さんは一軒家にひとり暮らしなので、恋人の家に入り浸るようになったと言っていました。
 ふたりは時々会っていて、プライベートのことも話すような、近い距離感の関係でした。弘子さんは真矢さんのアシスタントでありながら、共通の趣味もあって友人的な側面もあったみたいです。

 あるとき、久々に対面した弘子さんの服装やメイクの雰囲気が明らかに変わっていて、真矢さんがそれを指摘したら「実は……」と二回り年下の恋人ができたと打ち明けてくれたんだそう。はい、本当に二回り下らしいです。弘子さんが50歳くらいなので、相手は20代半ばくらいということですよね。
 見た目の変化って、敏感な人だと「何かあったのかな」って気づくものなんですよね。真矢さんも鋭い方だと思いますよ。
 週3回くらい恋人の部屋に通っていて、真矢さんからの仕事も恋人の家で対応することがある、と言っていたそうです。だから、今までオンラインで顔を見ながらやっていた打ち合わせも「今日は自宅ではない場所で仕事をしているので、すみません」と顔を出さなくなった、と真矢さんは寂しげに言っていました。

 かなり驚いたのは、弘子さんが「パートナーは束縛癖があるのか、私に『他の人とは極力会わないでほしい。自分だけを見ていてほしい』って言うんです。あの子、お母さんを早くに亡くしていて、ちょっと寂しがり屋なんですよね。あと、嫉妬心や独占欲も強い方です。そこまで求められると、私がなんとかしてあげないと、って思っちゃいます」みたいな話をしていた、ということ。真矢さんは、弘子さんは人からの頼みを断らないし、頼りにされることを喜びに感じる人だから、だいぶ危ないなあ……と心配はしていました。

 弘子さんの変化はその後も大きくて、顔は出さずに音声だけになっていたミーティングも「ちょっと調子が悪くて、テキストにしてもらえないでしょうか」と提案されるようになったり、依頼していた調査物の納期を守らなくなったり、メールの文面が明らかに素っ気なくなったり、そもそも連絡も取りづらくなったりと、雇い主としては困る状況になったと真矢さんは言っていて。

 あるとき、真矢さんが弘子さんに「30分でいいので、直接会えませんか? どうしても会って話したいんです」と伝えたところ、4回くらい断られたと言っていました。普段、弘子さんは真矢さんからの誘いに大喜びで応じていたので、その落差に最初はかなりショックを受けていましたね。
「オンラインだとダメですか?」「コロナの感染者数が増えていて、街に出るのが怖いので、今は直接お会いするのを避けたいです」「体調を崩しているので、テキストでもいいですか?」とか、いろいろな理由を挙げてきたといいます。

 でも、2週間くらい前かな。LINEで真矢さんからこう来たんです。

(真矢さんとのLINEを見せながら)【弘子さんから「30分なら大丈夫です。こちらが指定する場所に来ていただけたら助かります」と連絡が来たから会ってくる。軟禁状態から助け出して、洗脳を解いてくるよ!!】

 私は「気をつけてね!」とだけ送りました。そのときは、とりあえず弘子さんと会えることになって良かったね、という感想でいっぱいだったので。弘子さんの恋人の存在は頭にありませんでした。

 真矢さんと取った連絡はこれが最後です。私は、真矢さんは弘子さんの恋人に殺されたんじゃないかって思っています。


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