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前職の先輩・西本早百合の証言 【小説】どの顔もあの女#23

 えっ、真矢ちゃんが死んだ? どうして? 殺されたんですか? え、ホントですか……。信じられないですね。まだ若いじゃないですか。なんで殺されちゃうのかな。
 はい、真矢ちゃんは私の部下っていうか、同じチームの後輩でしたね。私は中途入社で、真矢ちゃんは新卒入社です。4学年離れてましたね。うちの会社、新入社員は1カ月研修してから、各部署に配属されるんですね。5月の連休明け、初めて会った真矢ちゃんは、いい子に見えました。暗めな茶髪で派手な印象はなくて、真面目そうだなって。でも、私の目が曇ってました。私、人を見る目ないんですよ。

 彼女が私のチームに配属されてから、印象はだんだん変わっていきましたね。真矢ちゃん、案外真面目じゃないんです。というか、仕事熱心じゃないっていうのが正しいのかな。
 真矢ちゃんの席は私の右隣で、私は用事があって席を立ったり、お手洗いにいったりするときに彼女の後ろを通るんですけど、頻繁に社内メッセンジャーで誰かとやりとりしてるんです。たいていメッセンジャー画面を開いてるから、仕事してるの? って問いたくなるくらい。結局そういう言い方は一度もしませんでしたが、態度は冷たくなっていたと思います。真矢ちゃんに対して笑わなくなったというか。
 別の島の、真矢ちゃんより1学年上で、私より1学年下の男性社員から「西本さん、最近、真矢ちゃんにあたりキツくないすか?」と冗談っぽく言われたことがありました。イラッとしましたよ。部署内の飲み会だったし、その空間に真矢ちゃんもいたので、「そんなことないけど」と笑ってごまかしたんですけど。心のなかでは、アンタがあの子と同じチームだったらキレてるはずだよ、と言ってました。

 実際、仕事は遅いし、報連相もろくにできないし、主体的に動こうとしないし、気が利かないし、頼んだ仕事を70点くらいの完成度で出して、定時で帰る日もありました。そういう日に限って、いかにもなデートファッションで来るわけです。白いデコラティブなトップスにオレンジのふんわりスカート、みたいな。
 17時くらいにお手洗いでばったり会ったとき、真矢ちゃん、鏡の前でメイク直ししてたんです。大きなポーチを持って。「あ、お疲れ様です」と言いながら、顔を引きつらせてました。その日も明らかに男関係のイベントなんだろうな、と思わせるファッションで、定時1時間前にいい身分だな、と思ったのを覚えています。「おつかれ〜」って口元だけ微笑んで返しましたけどね。
 そうそう、配属されたときは地味なファッションだったんですけど、徐々に本性を現していったというか、派手なファッションになっていったんです。うちはIT系の会社なのでドレスコードもなく、服装はなんでも許されるんです。真矢ちゃんも自由でしたね。基本的にはスカートとかワンピを多く着ていた気がします。雑誌で言うと、当時の『AneCan』みたいな? 懐かしいですね。

 真矢ちゃんがうちのチームに来てから2〜3カ月経つころには、私はほとんど真矢ちゃんに直接話しかけなくなっていました。チームの別の男性を介して喋るというか。だって、やる気がない子と関わりたくないじゃないですか。
 士気が下がるし、そういう子、好きじゃないんです。何のために一部上場企業に入ったの? しかも新卒で……って思いますよ。中途より新卒を優遇する会社なんです。私みたいに中途で入ってきた人間からすると、新卒であの子みたいにのらりくらり、腰掛けみたいにいる子はイラッとしちゃうんですよね。
 で、なんでしたっけ? そうそう。真矢ちゃん自身も私に話しかけることはなくなってましたね。隣の席にいるのにメッセンジャーで連絡してくる、っていう(笑)。変ですよね。でも、もう関わりたくなかったんです。正直、というか、既におわかりかと思いますが、あの子のことが嫌いでした。
 だから4カ月目で部署の別のチームに異動してくれたときは清々しました。やっとお荷物がいなくなった、って。まあ、同じ部署にいるので顔を合わせることもありますが、離れてからはときどき挨拶したり、一言二言会話を交わしたりはしていましたね。同じチームとかそういう近い距離にはいたくない、って感じです。
 彼女が2年で会社を辞めてからは一回だけ会ったかな。私が手伝いをした食イベントに偶然来てたんです。男性とふたりでしたね。辞めてから2年以上は経っていたと思います。それからしばらくして、その男性との結婚をフェイスブックで発表してました。
 友達としてつながっているので、ときどき動向を見ていたんですけど、旦那さんが小金持ちっぽくて、ハリー・ウィンストンのエンゲージリングを贈ってもらったとか、新婚旅行はハワイとクロアチアの2カ所に行ったとか、自慢のオンパレード。気分が悪くなって途中から非表示にしてました。思い出すことですか? なかったですよ、全然。だから数年は真矢ちゃんのフェイスブック、見てませんでした。
 そんな感じで、真矢ちゃんには全然いい思い出も、いいイメージもないんですけど、さすがに33歳の若さで亡くなるなんて、複雑な気持ちになりますね。確かに不愉快な子だったけど、殺されるほど嫌な子じゃなかったよ、って思います。


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