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セフレ・吉川瑛太の証言 【小説】どの顔もあの女#32

 真矢ちゃんとの出会いは半年くらい前です。きっかけは出会いアプリですね。SNSで共通の友達がいる人と出会える、みたいなアプリです。なんでそのアプリを使い始めたか、ですか?
 僕は恋愛や結婚相手探しというより、セフレ探しが目的でした。彼女は欲しくないんで。だって、時間を取られるじゃないですか。だから、いらないかなって。仕事が忙しいからセフレがいれば十分です。

 真矢ちゃんも彼氏が欲しいとか、結婚したいとか、そういう考えはないみたいでした。だから僕と似てたんですよね。ニーズが近かった。
 例えば「一から恋愛するの面倒くさい」「結婚には興味ないし、人と一緒に暮らすの無理だし、長時間同じ空間にいるのはしんどい」みたいな話も合った。いいなと思ったのは、仮に再婚したとしても「徒歩圏内のマンションに住んで行き来するのがちょうどいい」みたいな考え方です。僕も同棲経験はあるけど、誰かと住むのはもう嫌で、そのへんも考えが合うなと思ったんですよね。
 だから自然と意気投合しました。彼女は一度結婚していたので、僕より経験値は高いですけど。

 身体の関係になるのも早かったです。出会って1カ月も経たないうちだったと思います。とんとん拍子に進んでびっくりするくらい。相性は悪くない感じで、最低でも2週間に1回は会ってました。
 ならすと週1は会っていたはずです……確かに、けっこうな頻度で会ってますよね。恋愛に時間を費やしたくないと言いながら、でも、真矢ちゃんには恋愛感情はなかったですから。
 でも、居心地がよかったんですよね。一緒にいて楽な相手でした。僕は楽しかったですよ。彼女も楽しかったと思います。

 ただ、キャラが豹変したときはびっくりしました。そういう関係になって、2カ月くらい経った頃ですかね、それまではずっと「穏やかな人」だったんです。喜怒哀楽の「怒」を見たことがないというか。怒らないんです。まあ、怒る・怒られる、みたいな関係でもないかもしれないけど。笑顔が多かったから「喜」と「楽」の印象が強かったです。
 でもあるとき、何の前触れもなく、突然キレたんです。真矢ちゃんの家に行って、僕がスマホを触ってたら、彼女がいきなりスマホを奪い取って、隣の部屋にズカズカ歩いていって、スマホをベッドの上に投げつけていました。奪い取られた瞬間、衝撃すぎて「へ?」みたいな、情けない声しか出ませんでしたね。

 数秒後に「えっ……なんで? どうしたの?」と聞いたら、「アンタさ、何のためにうちに来てんの? 今Facebookに投稿する意味って何? この時間にTwitterを見る理由って何? あたしのこともっと見ろよ。人に興味持てよ。スマホばかり見やがって。このスマホ中毒クソ野郎が」って怒鳴られました。今まで真矢ちゃんの口から聞いたことがない言葉ばかりで唖然としました。
 驚きのあまり何も言えないでいると、真矢ちゃんはさらに続けて。「アンタといると、あたしの自尊心がどんどん削られんの。アンタは目の前のあたしじゃなくて、スマホにしか興味ないって態度示してるから。クソ感じ悪いわ」「アンタ、人んちでいつも下向いてんじゃん。一番長時間見つめてんのスマホじゃん。私はスマホよりおもろくない人間なんか、って虚しくなるわ」「そんなにスマホが好きなら、スマホとセックスしとけボケ」とか、いろいろ言われました。
 そのときの真矢ちゃん、息が上がってたし、目が潤んでいました。肩もプルプルと震えてた。慣れない言葉を無理して使っている感じがしました。ぎこちなかったんです。キレ慣れてないというか。

 僕ね、そのときに「可愛いヤツ」って思って、真矢ちゃんを抱き締めたんです。僕のことそんなに好きなんだ、ってわかるとね。スマホにやきもち焼くくらいですよ。可愛すぎるでしょう。抱き締めながら、「ごめん」とだけ言いました。そうしたら「あたしといるときにSNSに没頭するな。ちゃんとあたしを見ろ。あたしは金輪際、自尊心を削ってくるクソ男とは一緒にいたくない。アンタは私をただのセフレだと思ってるけど、それでも一緒にいるときはあたしのことを大事にして。それができないならもう二度とうちに来んな」って。
 そう言われて、僕は真矢ちゃんを失いたくないなと思って、「わかった。真矢ちゃんと会ってるときはその約束守るから」と伝えました。後で詳しく聞くと、仕事の用事があってスマホを見るのは気にならないけど、同じ空間にいるときとか、話しているときに、SNSとか検索に没頭されると苛立つし、見下されている気がして、自尊心が傷つくと言っていました。

 キレられたその日、真矢ちゃんとの共通の友人に連絡しました。そのアプリで共通の友人が誰かわかるので。そしたら僕とわりと親しい男友達がいたんですよね。
 そいつによると、真矢ちゃんは「キレるなんてまず考えられない人」らしくて。菩薩みたいに優しい、と。だからセフレ関係だというのはもちろん伏せつつ、「俺、この前キレられて」と話すと、かなりびっくりしていました。そいつが「何かが憑依してたのでは?」みたいな、オカルト的な話に結び付けようとしたのには引きましたが……。

 真矢ちゃんが本気で怒ってから、僕たちはいい意味で仲が深まった気がします。その後も時々真矢ちゃんが怒って、「はあ? アンタ今の態度失礼でしょ」「おい、話聞けよ」とか乱暴な言葉を使うことも何度かありました。やっぱり怒り慣れてなくて、不自然な感じはしましたけど。ただ、心を開いてくれている感じがして、嫌な気分ではなかったです。せっかくいい関係を続けていたのに、真矢ちゃんが亡くなったの、本当に残念でならないです。


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