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戦争と薬物

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疲労、飢餓、恐怖、睡眠不足、これらが戦争のもっとも基本的な要素である。薬物はこれらの問題を中和する手段である。個人の戦闘行動も、集団の戦闘行動も、すべてその当時の文化規範や道徳規…
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2022年9月の記事一覧

ロンドン市民は兵士たちにビールを送り続けた

戦争と薬物の関係は深い。 精神に作用する物質は、兵士の勇気や士気、集団の絆を強めるのに不可欠であるが、退屈な時間を埋めたり、ストレスや疲労に対処するための化学的方法も提供する。したがって、兵士の薬物使用は、国家によって容認され、また促進もされてきた。 たとえば、アルコール(酒)である。 酒は脳内でエンドルフィンを分泌させ、ストレスを軽減し、精神を高揚させ、幸福感を増大させる。摂取量によっては、覚醒と鎮静の両作用がある。だから、酒は、勝利の乾杯や敗北を麻痺させるのに役立っ

きれいな尿はいくらでも手に入った

1971年、ニクソンが大統領であったとき、彼の机に腰を抜かすようなとんでもない「報告書」が置かれた。 ベトナムに派遣された兵士のうちで3万数千人がヘロインの依存症になっているというのである。これは戦っている兵士の30%に近い数字である。 報告書に目を通したニクソンは、アメリカの麻薬問題の主要な部分というわけではないが、その中でとくに心を痛めるのはベトナムで麻薬を使用した兵士たちであると述べ、国防長官に対して、「能力を失った兵士を戦場から離脱させ、軍の即応性を維持すべきだ」

ブービートラップ(まぬけ落とし)

ベトナム戦争は、20世紀における非対称戦争という概念がぴったりと当てはまる最適の例だった。 アメリカは最新の軍事テクノロジーの多くをベトナムに投入し、国家の強大さを誇示しようとした。ベトコンはアメリカの強みを否定しようとし、予想外の驚くべき欺瞞的な方法で戦った。ベトコンが常識的な戦術論に反して戦闘の非対称性を深めれば深めるほど、アメリカはより多くのテクノロジーを投入した。その結果、前線に送られる兵士にとっては、この戦闘がますます悲惨なものとなっていった。 戦闘の非対称性を

キノコを食べて戦士になる

英語の 〈berserk〉には、「荒々しい」「気が狂った」「激しく狂乱した」といった意味があるが、「戦闘狂」という意味もあり、中世スカンジナビアの 「勇猛な戦士」に由来している。 ノルウェーの古い歴史書には、かつて「ベルセルク」(Berserk)と呼ばれた、野生の怒りにとらわれた人びとの話がよく語られている。突然力が満ちあふれ、痛みに鈍感になり、同時に人間性や理性も失われ、野生動物の獰猛さが憑依した人びとである。 その瞬間(とき)は、震え、歯ぎしり、手足の冷えで始まり、顔

若い兵士はマリファナに救いを求めた

アメリカの東南アジアへの戦略的関与は、ヘロインの問題を深刻化させた。 すでにCIAは50年代、中国とビルマの国境付近に住み着いた反共産主義である中国国民党を支援し、アヘンを密輸していた。またCIAは、北ベトナム国境付近で共産主義者に抵抗するラオスのモン族も支援した。モン族の主な換金作物は喫煙用のアヘンであり、彼らの軍閥は反共産主義活動への資金提供を口実に栽培面積を拡大した。 CIAはこのアヘンをビルマ、ラオス、タイの国境が交わる「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル

戦場に酒は欠かせない

古くからアルコール(酒)は、戦場において重要な役割を担ってきた。 第一は医学的効能で、アルコールは負傷者の麻酔、感染症の予防などに使われてきた。第二は興奮剤であり、適量のアルコールは戦闘のストレスを緩和し、戦闘に勇気と自信を与えてくれた。第三は精神的な効能であり、眠りを誘い、感情を麻痺させてくれた。第四は生理学的な効能であり、アルコールがかなりのカロリーを補給してくれた。 司馬遼太郎の『坂の上の雲』では、奉天の会戦で、秋山好古が腰にぶら下げた水筒から度数の強い「シナ酒」を

殺戮は裏庭でも行なわれた (ver.2.0)

南北戦争(1861-1865)の悲惨な戦闘、同胞同士の残虐な殺し合いは、しばしば民間人の裏庭でも行なわれた。 医療資源も技術も粗末なもので、戦場で手足に大きな傷を負った場合、壊疽(えそ)を防ぐために即座に切断されるのが一般的だった。激痛を伴う切断は、大量のモルヒネとアルコールで対処した。手足は現場で弓のこで切断され、馬車に積まれて別の場所に捨てられた。処理には民間人も動員され、女たちも裏庭に転がっている手足のちぎれた死体、腸が飛び出した死体などを処理した。 このような殺戮