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キノコを食べて戦士になる

英語の 〈berserk〉には、「荒々しい」「気が狂った」「激しく狂乱した」といった意味があるが、「戦闘狂」という意味もあり、中世スカンジナビアの 「勇猛な戦士」に由来している。

ノルウェーの古い歴史書には、かつて「ベルセルク」(Berserk)と呼ばれた、野生の怒りにとらわれた人びとの話がよく語られている。突然力が満ちあふれ、痛みに鈍感になり、同時に人間性や理性も失われ、野生動物の獰猛さが憑依した人びとである。

その瞬間(とき)は、震え、歯ぎしり、手足の冷えで始まり、顔が腫れて色が変わる。やがて心の底から大きな憤怒が沸き起こり、野獣のように吠え、敵味方の区別なく、出会うものすべてを斬り捨てる。この状態が収ると、ベルセルクは隔離され、精神の大きな鈍麻と衰弱が数日間続いて元の状態に戻っていく(ベルセルクの狂乱)。

オオカミに変身したベルセルク(by Wiki)

この伝説の解釈についてさまざまな説があるが、もっとも信憑性があるのは、フライ・アガリク(fly agaric)による精神作用に原因を求める説である。

フライ・アガリクとは、生の状態では穏やかな精神作用があるが、乾燥させると強い神経毒性を発揮するキノコであり、ベニテングタケの一種に分類される。ヨーロッパでは古くから殺虫剤として利用されてきたキノコで、そのすりつぶした断片をミルクに混ぜておくと、それを飲んだハエがキノコの毒素で死ぬことからこの名前がついた。

もともと主に宗教儀式で精神活性キノコが使われていたという証拠はたくさんあって、フライ・アガリクもその一つだったのだろう。しかし、フライ・アガリクは儀式や祭りだけでなく、戦闘においても興味深い役割を果たしていった。

スカンジナビアの恐れを知らぬ勇猛果敢な戦士たちは、戦いの狂乱の中で人としての規範の縛りをほどき、時には自らの名誉も裏切るために、ほとんど制御不能な恍惚とした怒りの状態に自らを追い込む方法を知っていたのだった。(了)

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