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ロンドン市民は兵士たちにビールを送り続けた

戦争と薬物の関係は深い。

精神に作用する物質は、兵士の勇気や士気、集団の絆を強めるのに不可欠であるが、退屈な時間を埋めたり、ストレスや疲労に対処するための化学的方法も提供する。したがって、兵士の薬物使用は、国家によって容認され、また促進もされてきた。

たとえば、アルコール(酒)である。

酒は脳内でエンドルフィンを分泌させ、ストレスを軽減し、精神を高揚させ、幸福感を増大させる。摂取量によっては、覚醒と鎮静の両作用がある。だから、酒は、勝利の乾杯や敗北を麻痺させるのに役立ってきた。

とくにビールがよく飲まれた。

ビールの製造は、小麦と大麦が家畜化された紀元前1万年まで遡ることができる。当時、チグリス河とユーフラテス河に挟まれた地域に暮らしていたシュメール人が、さまざまな酒類のビールとそのレシピを残している。

紀元前2000年頃にバビロニア人がシュメール人を征服するのであるが、そのときに醸造の技術が民間人や兵士にビールを供給するための大量生産ビジネスへと変貌していった。古代エジプトやメソポタミアでは、ビールは広く通貨としての役割も担っており、ピラミッド建設に従事する労働者の賃金にもビールが使われた。

現代のビールにはホップが使われるが、それはホップが英国に伝わった15世紀の頃からであった。それまでは「エール」と呼ばれた。エール・ビールでは、香り付けのためのハーブと香辛料を混ぜたグルートを麦汁で煮て苦みをつける。北ヨーロッパでは、さらにそこに大麻を混ぜて酔いを強めることもあった。

ジャンヌダルクが初勝利した1428年のオルレアン包囲戦で、英国軍はフランス軍と戦っているが、ロンドン市民は兵士たちにホップを使ったビールを送り続けた。エールを使ったビールは数週間しかもたないが、ホップには殺菌作用があるので、ホップを使ったビールは数ヶ月経っても飲むことができたからである。

この戦争をきっかけに、それまで民間人の一般的な飲み物ではなかったビールが、ロンドンのパブでエール・ビールとともに出されるようになったのである。(了)


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