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【小説】アイツとボクとチョコレート【5話】

5話 私を助けてくれた人


 深い森の奥に太古から人知れず存在する、大きな洞窟。
それが私にとって初めて見た景色であり、同じく初めての棲み処すみかだった。
 私は卵から生まれた。親の顔は知らない。おそらく何らかの理由があって、卵の状態で置き去りにされたのだろう。
 生きていくのに必要なことを教えてくれたのは、森の住人たちだった。草木に小鳥、四つ足の様々な獣たち。皆、私の家族だった。

「まさか自分が生きてる間に、ドラゴンの子どもにお目にかかるとはなあ」

 ドラゴン。それはコウモリのような翼を背負い、鋭い爪の生えた両足、もしくは両手両足をもつ大型の生物。馬または蛇のような頭部に鋭い目、長い尾。空想上の存在とも目されるほど珍しいそうだが、事実私はここに暮らしている。

「気を付けろよ。最近は人間たちが躍起やっきになって
 ドラゴン探しをしてる」

 人間がしばしばドラゴンを求めることは、森の仲間たちに聞いていた。翼を焼いた粉が貴重な薬になるとか、えぐった目が錬金術の材料になるとか、肌が粟立つような話ばかりだ。もちろんそんな世迷言を信じているのは、人間だけだそうだけど。

「私は煮ても焼いても美味しくないですよ」
「そういうこっちゃない。近頃のヤツらは、
 ドラゴンを『勲章』かなんかだと勘違いしてるのさ」
「くんしょう……?」
「お前にはまだ難しいか。さ、俺たちはもう行くぜ。
 『流しのキツネ』は忙しいからな」
「はぁ……」

 キツネの言う通り、幼い私には正直よくわからない話だった。
 但し、それから季節が一巡りもしないうちに、嫌というほど思い知ることになる。

**

 ズガァーーーーン!

 鉄の筒から飛び出した弾が、私の頭上を勢いよくかすめていった。

「ちっ、外したか」
「な、何をするんですか!」
「……やはり小さくてもドラゴンだな。
 我ら人間を敵と見なし、威嚇してくるとは」
「威嚇なんてしていません! 私が何をしたっていうんですか!」

 すると茂みに隠れていた獣が、私に逃げろと合図をする。

「バカっ! 人間に俺らの言葉は通じねえよ!
 お前飛べるんだろ? 遠くの森に逃げちまえ!」
「えっ、でも……」

 確かに飛べないことはない。数年前から鳥たちの助言を受けて、自己流で練習してはいる。だけど全く自信はなかった。飛び立っはいいものの、もし人間の村に墜落でもしたら……。

(うぅっ……それはもっと怖い!)

 私は自分の棲み処である、堅牢な洞窟へ逃げることにした。

「ありがとう。どうしようもなくなったらそうするから!」
「ったく、お前んとこの洞窟は行き止まりだってのに……。
 いいか、絶対に捕まるなよ!」

 私はあちこちの木々にひっかかりながら、洞窟へと向かう。

「棲み処は向こうか。行くぞ、お前ら!
 悪しきドラゴンを討伐し、『聖者』に名を連ねるのだ!」
「我らの騎士道に賭けて!」

 野心をぎらつかせた人間たちの、下卑た目。あのキツネが言っていたのはこのことだったんだ。この人たちはドラゴンの伝説なんて二の次で、とにかく自分の名誉のために私を殺しにきたんだ。

(そんな薄汚い欲望のために殺されるなんて、まっぴらだ!)

 私は足を止めて、人間たちを振り返る。今度は本当の本当に、威嚇の雄叫びを上げた。すると私の口から、声とともに空気を揺らすほどの風が巻き起こった。

「ドラゴンは火を噴くと聞いていたが、風まで操れるのか……!」
「怯むな、吹き飛ばされるほどの強さじゃない!」

 どうやら人間たちは身動きが取れないらしい。

(怖がられてる……。これなら、森の外に出ても大丈夫かもしれない!)

 逃げるなら今がチャンスだ。とっさにそう判断して、背中の翼に力を込める。私の体は、ゆっくりと加速しながら上昇していった。

(やった……!)

 その時、目が合った。馬にまたがり、大きな弓矢をつがえている人間に。
 そして一瞬で悟った。私はこの人間に敵わない。
 あの矢は私の眼を貫くだろう――と。

 しかし次の瞬間。

「やめろッ!」

 ドサリと大きな音を立て、その人間は馬上から蹴落とされていた。もちろん弓矢も飛んでこない。

「ベルトルト! 貴様、何のつもりだ!」
「なーんか……気に入らないんだよねぇ。お前に限らずだケド」

 それからの出来事は、まさに一瞬のことだった。
 ひとりの人間が、仲間とおぼしき人間たちを次々に倒していく。彼が最後に対峙したのは、ひときわ派手なマントを羽織った、リーダーらしき人物だった。

「や……やめろ、ベルトルト! 気でも違ったか!?」
「その言葉、あんたらにそっくりお返しするよ。
 ドラゴン狩りだぁ? 騎士の本分、忘れちゃいねぇよな」
「はっ、農民上りが騎士を語るか?」
「没落貴族サマよりは、よっぽど騎士らしいと思うぜ?」
 
 ベルトルトと呼ばれた人間の重い剣の一撃で、いけすかないリーダーの男はあっけなく落馬した。

「ふぅ……またやっちまった。
 ――臆病者のドラゴンさんよ。もう降りてきていいぜ」
「!!」

 宙に浮かぶ私をまっすぐ見上げてくる、闇色の眼。その眼は陽光を受けて、雲母のような不思議な輝きをたたえていた。私は静かに翼をはためかせ、血まみれの森に降り立つ。

 これが私と、ベルトルト――『ベル様』との、出会いだった。


>>6話に続く


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堂島チロル@シナリオライター
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