【小説】アイツとボクとチョコレート【6話】
6話 焦れるふたり
タチの悪い人間に命を狙われていたドラゴンの子ども、すなわち私を見事な立ち回りで助けてくれた、ベルトルト様。もちろん私としては、ご本人に恩返しをするつもりだった。
けれども運命は無情だ。別れの時はあっという間に訪れた。人間界でのドラゴンの扱いを知った『お父さま』が、私たちドラゴンを全て天界に引き上げる決定をしたのだ。
「そんな……! もう少し待ってください、お父さま!」
懇願虚しく、翼が、尾が、光に包まれ上昇していく。
「そうか……お前、うちに帰るんだな。
短い間だったけど、一緒に旅できて楽しかったぜ。相棒」
「ウオオオン!(ベル様、私はまだあなたに恩返しできてないのに!)」
「別れを惜しんでくれてるのか? かわいいヤツ」
「ウオーーーーン!(ベル様ーーーー!)」
手を振るベル様が、光の向こうに消え去っていく。別れは呆気ないものだった。私は天界で、その他大勢のドラゴンとともに暮らすことになった。
仲間に囲まれた、あたたかい暮らし。下界の森のような多彩な動物たちはいないけど、代わりに命を狙ってくる人間もいない。とても平和な場所……。けれど私はベル様との別れが尾を引いて、リンゴひとつ喉を通らなくなっていた。
「すまなかったな、我が子よ。お前たちを助けるには、
もう一刻の猶予もなかったのだ」
「……私はたとえ命を落としても、あの方のお役に立ちたかった」
「気持ちはよくわかる。だがお前を助けたほどの高潔な人間が
それを望んだだろうか?」
お父さまの言うことはもっともだ。だからといって私の気が晴れるわけではない。
「では、こうしてはどうだ? お前は1000年も経てば成龍となる。
自分で自分の身を守ることもできるだろう。
それからであれば、下界に戻すこともできなくはない」
「その頃にはベル様は亡くなっています!」
「だろうな。……だがその子孫なら?」
「!!!!」
それから私は、1000年の時が経つのを待った。
天界の静かな、森の湖で。
**
「ミッさ~ん。おーい、ミツハさん!」
「……ほえ?」
「ほえ、じゃないから! 見て、コイツの進路希望調査票!
今日〆切なのに真っ白なんだけどー」
「だーっ、もう! ミッツに見せなくていいじゃん」
目の前で繰り広げられるのは、女子高生たちのじゃれあい。もう慣れかけたアルコール消毒液の匂いに混じって、甘い香水の香りがする。
ここは保健室――ドラゴンではなく人間としての、私の職場だ。
「ほんっと、真っ白だね~。でも適当に書くわけにいかないし、
困ったね~?」
「へへへ~。そうでしょ~?」
化粧ばっちりの3年の生徒は、なぜか誇らしげにプリントを振って見せる。彼女も保健室通いの一員だ。
赴任して1週間。吉武先生がおっしゃった通り、保健室通いの生徒たちはちらほらと顔を見せるようになった。
居場所が欲しい子、ひとりでは抱えられない辛さを紛らわせたい子、生徒によって理由は様々みたいだけど、想像したようなしんみりした空気ではなく、まるで小さな秘密基地のようにも思えた。(ちなみにこういった人間的な知識は、天界で学習済みなのである。えっへん)
そういった学びも得る一方で、私は大きな悩みに支配されていた。
それは何かというと――
(ベル様が! ベル様が戻っていらっしゃらない!!)
これについては、冷静になってみると完全に自分のせいでしかない。初対面で妙な行動を取ってしまったわけだから、むしろ避けられてしかるべきだ。それならどうするか? 自分から動くことである。
だがしかし、私は『保健室の先生』。余程の理由がない限り、こちらから生徒に接触する機会はない。一般の教科を教える教師であれば、あれこれ理由をつけて生徒を呼び出すこともできただろう。だが養護教諭に限っては無、完全なる無だ。
(あ~~~~~っ、歴史の先生とかにすればよかった……!)
覆水盆に返らず。こんな言葉だって知ってるんだから、現国の先生だってできたかもしれない。私は大事なところで抜けている。1000年前から変わらない。
「ね~、なんかミッツ最近やつれてない?」
「思った! ひょっとしてホームシックとか?」
「そんなことはありません」
「じゃあパーっと遊びに行きなよ! この辺、モール以外マジ何もないけど」
「モール?」
「そそ。うちら小学生の時とか、空地空地空地空地モール空地だったよね」
「うは、なつい!」
私の顔色の話だったのに、いつの間にかすっかり「モール」の話でもちきりになっている少女たち。そして取り残される私。
(はて、モール……とは?)
**
【side/りん】
「べるの」――そう雑にマジックで書いた上履きを、下駄箱に突っ込む。すると自然とため息が漏れた。
(つっかれた……)
1限目は遅刻したけど、それから全科目、教室で授業を受けた。そんな生活がもう1週間は続いている。かなりしんどい。先生方の話は右耳から左耳に抜け去ってばかりである。
(それもこれも、あの金髪大女のせいだ。
せっかくの逃げ場をつぶしてくれちゃって)
初対面で名前を呼ばれ、恩人とか言われて、近寄れるわけがない。
吉武先生にそれとなく相談してみたら「赴任したてで疲れてるのよ~」とかお人好し炸裂してるし。話にならない。かといって他の教師に相談するのは藪蛇だ。説教がセットになってくるわけだから。
(……さっさと帰ろ)
ボクは手早くローファーに履き替え、校舎の外に出る。すると見覚えのある2人組が行く手をふさいだ。
「やっほ~、りんりん。最近保健室来ないじゃん? クラスで友達でもできた~?」
「…………」
「あれ~、シカト? 悲しいんですけど」
「やめなよ、ウザがられてんじゃん」
「え、そうなの? アタシ、ウザい? もしやクサい?」
よく喋る方が、ブレザーの腕の辺りをクンクンとわざとらしく嗅ぐ。
「そうねー、若干、香害気味」
「あはは! 実は昨日新品ぶちまけた」
(はぁ……)
コイツらは保健室で一番お喋りな2人。名前はよく覚えてないけど、とにかくうるさく、しかも話題がきわどくて、先客だとわかると回れ右したくなる。
「……お先に失礼します」
一言そう残して、足早に彼女たちを抜き去る。
後ろで何か言ってるみたいだけど、イヤホンを耳に入れてシャットアウトした。
**
ぽつんと残されたのは、2人の少女。やがて片方が口を開いた。
「やっぱいいよね~、セーラー服」
「学校でひとりだけでも?」
「だってりんりん、似合ってるし。それに昔の制服だから、校則違反じゃないでしょ」
「ま、そだね~。ところで今日カラオケ行く?」
「行く行く! ミッツも誘ってみよーぜー」
「おー!」
少女たちは揃いのブレザーの下にスカートをはためかせて駆けていく。
自分たちを守ってくれる、お気に入りの場所へと。
>>7話につづく
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