【小説】アイツとボクとチョコレート【7話】
7話 休日のすごし方
【Side:りん】
ブーーーッ、ブーーーッ、ブーーーッ…………
朝8時15分。3回目のスマホのスヌーズバイブレーション。
ボクはようやく惰眠を妨げるそいつに手を伸ばす。『アラーム 8:00』の表示をスライドして、再びベッドの中へ。
しかし安心したのも束の間、ハッと目を開いた。
(昨日、寝る前に母さんが何か言ってたような……あ!)
タオルケットを跳ねのけ、ベッドを飛び降りる。それから壁のフックにかけたセーラー服をひっ掴んで、階段を駆け下りた。
「母さん、これ!」
「おはよ、ちょうど起こそうと思ってたの。クリーニング出しとくね」
「……ありがと」
「朝ごはんは?」
「眠いから、まだいらない」
リビングを出て2階の自分の部屋に戻る途中、扉が開きっぱなしの洗面室を通る。寝癖で爆発した自分の頭がドレッサーの鏡に映った。そのあまりのビジュアルに、二度寝をする気がスンと失せる。
ボクは手早く髪を整えて、リビングに戻った。
「……ごめん、やっぱ食べる」
「そう言うと思った。目玉焼きは両面ね?」
「ん。……父さんは?」
「庭で草むしり中」
これがボクの、よくある休日の朝。多分、絵に描いたように平和で平凡な。ボクは壁に掛けられたフォトフレームが傾いているのに気づき、そっと整えた。
「おいで、出来たよ。熱いうちに召し上がれ」
「いただきます」
お箸でつつくと、丸い黄身はとろりと外に溶け出した。
**
出窓にはびっしりと並んだ、黒や紫のぬいぐるみたち。邪悪な笑みを浮かべているけど、どこか憎めない、そんなキャラクターたちばかりだ。ずっと同じ場所に置かれてるから、ちょっと日焼けしてしまっているのはご愛嬌。
そんな仲間たちの見下ろすベッドの上に、お気に入りの服で大の字になって横たわる。これがボクの一番の癒しの時間だ。――といっても、服がシワになるから、あんまり長く寝転がってはいられないけど。
今日の服は、フリルがついた大きな襟が目を引くブラウス。袖はたっぷりめに布が使われていてロマンティックだ。膝下までの細めのキュロットは、脇に編み上げのリボンがついている。カラーは悩んだ末に選んだバーガンディー。これなら秋口まで着まわせるからね。
女の子の服を着るのは、自分のためだ。もう少し詳しく言うなら、今、自分が前を向くために着てる。ボクはボク自身を男だと思っているから――単に身体がそうできているという客観的視点でしかないとはいえ――傍から見れば、ただの『女装趣味』ということになるだろう。ボク個人の中での位置づけと微妙にニュアンスが違っていようと、とりたてて議論する気にはならない。ボクのこの行為を許容してくれる今の環境は、社会において恵まれているというほかないからだ。
(……っと、そろそろ起きないと)
宿題は昨夜のうちに片付けたから、やることといえば動画を見るか、それとも本でも読むかくらい。正直どれも惹かれる感じがしなかった。
(暑いから外にも出たくないし……)
所在なく部屋を見回すと、ふと本棚の一角に目が止まる。ボクは古ぼけたスケッチブックを一冊、そこから抜き取った。
(そうだ。これ、姉さんの)
めくればめくるほど、色鉛筆で描かれた夢いっぱいのデザインが飛び出してくる。正直頭が痛くなるようなものも少なくなかったけど、そこには情熱があふれていた。
(あ……このコウモリ羽根つきのリュックとか、意外といいんじゃない?)
少し考えた後、スケッチブックを閉じる。
(……作ってみるか)
この辺で手芸屋っていったら、モールのが一番大きいだろうか?
うん、そのはずだ。ボクは古びたスケッチブックを棚に戻し――
『姉さんの部屋』を後にした。
>>8話につづく
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