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『蛙のよだれ』(試し読み版)

11月24日(日)に東京で開催された「第二十九回文学フリマ東京」に、仲間と立ち上げた文学サークルから僕も作品を発表しました

以下、目次とプロローグを公開します。現在イベントの際に配布したりしていますが、購入希望の方はBASEのショップより是非。

蛙のよだれ

目次
プロローグ

第一章
緑の帽子
青龍刀ひとさらい
紙花

第二章
きぐしねい村
葱神様


プロローグ

 ぼくは、カエルになって中国に挙手空拳で挑んできたのですが、何だかどうも疲れてきました。けれでも、まさか、今までやり始めたことは継続しろと言い続けてきた人達に、やっぱり僕も疲労困憊でカエル無理っす。中国無理っす。ということは出来ません。ぼくはやっぱり大陸の片隅で、ゲロゲロやるしかないんです。


 人によっては「あいつカエルのくせに生意気だ」とか「裏で悪事をやってる」とか「どんな貢献してるの?」と悪びれもせす並べ立て、その癖お金が欲しくて大して実績や経験もないのに口先三寸で中国ビジネスをしてるのだから恐れ入ります。ぼくは心が折れそうになりました。

 先日、大連の工場で宴会をしていると、そこに退役軍人の三人が入ってきて、ぼくとは全く知り合いでもないのに、いきなりぼくを取り囲み、ひどくだらしない酔い方をして、毛沢東についてどう思う?南京大虐殺を謝れ。と全く見当違いの因縁をつけてくるのです。ぼくは幾ら酒を飲んでも、乱れるのは大嫌いなたちなので、その話も笑って聞き流しましたが、ホテルに帰って一人備置きの無料水を飲みながら、あまりに悔しくて怒りが止まらなくなり、ネットを開いて、
「人が、人が別に好きでもない中国で必死に仕事をしているのに、みんなで、カエルを軽いなぶりものして、下世話で、卑劣だ。もうぼくも遠慮しない。次は反論してやる、戦う、徹底的にやってやる」
と、取りとめのない怒りを呟いたのですが、カエルアカウントはリアルなことを呟けない仕様になっているので、いつものネット界隈の流行りをあてこすったつぶやきにしかなりません。ああ、カエルとして中国で生きていくのは、辛いものだ、とにかく何にでもゲロゲロ鳴いて、戦って、そうして勝たなければならないのですから。

 その怒りに鳴いた日から数日後、工場の社長がきて、ぼくにこんな提案をしました。
「氷祭りの準備をしている子供達を見に行きませんか?」
「準備をしている子供達?」
「ええ、是非現状を見て欲しいのです」
「ぼくが、子供達の現状を?」
「是的(そうです)」
と答えて落ち着いています。何故ぼくにそんな提案をするのでしょう。カエルといえば、子供。子供といえばカエル。何かそのような因果関係があるのでしょうか。
「好的(いきましょう)」
ぼくは、興味のないことに、反射的に興味をもってしまう性癖をもっているのです。


 -13℃の大連でした。そうして車の助手席にのると早速白酒を渡されました。思うに、カエルは中国語が下手だから少し白酒でも飲ませて活舌を良くさせれば、子供とのコミュニケーションも取れるに違いないという社長の粋な計らいだったのかもしれませんが、その白酒は甚だ奇妙なしろものでした。ぼくもこれまで様々な怪しい酒を飲んできたので、けして上品ぶるわけではありませんが、白酒の独り酒というのは初めてでした。多分密造酒だと思うのですが、社長に聞いても薄笑いをして飲まないのです。
「なんだい、君は失礼じゃないか、度数も分からない手作りの密造酒を、カエルにすすめるのは、ひどいじゃないか」
ぼくだけが酔っぱらってる状態で、社長は、よしカエルも酔ってきた。この勢いの消えないうちに、子供達と対面させねばならぬと僕を準備会場に導いたのでした。

 けれども社長の目論見もあまり成功とはいえないようでした。ぼくは準備会場で重度のあかぎれの手をした子供達が焚火で暖をとってるのを見かけ、ひどく哀れな気持ちがして近寄り、
「こんな仕事はよしたまえ。ちゃんと学校にいきなさい。よし、羊肉串を買ってやる」子供達は素直に話を聞いています。全て十歳前後の小さな子供達です。ぼくは近くの羊肉串屋のおやじに向かい「おい、この子たちに、一本ずつ」といい、変な情けなさを感じました。これも、善行ということになるんだろうか。たまらねえ。
ぼくは花粉症になったようにむず痒い気持ちで、その場を離れようとすると社長が追いかけてきて「どうでしたか。これが現状です」
「驚いたでしょ、ご感想は?」
ぼくは声を出して笑いました。
「現状、ぼくはこんなもんだと思っていましたよ」そういって車に向かって歩きながらぼくはだんだんお喋りになってきました。「正直、彼らとぼくが何の関係があるのかわからないんです。一人っ子政策の煽りと貧しさから黒孩子(戸籍のない子供)になって学校にもいけない子供達に気まぐれで羊肉串をご馳走しただけなんだから、でも君がぼくにこれを見せたかった理由はわかった。それはね、ぼくがカエルだからだ」
社長は、ゲラゲラと笑いました。
「いや、冗談じゃない。君は気がつかなかったのか?ぼくは辺りを見渡しても、あの準備現場で働いている子供達はみんな冬眠明けのカエルみたいな顔ばかりと発見したんだ。もしかしたら雪国ではみんなカエルみたいな顔になるのかもしれないから、危ないぞ、小心(きをつけろ)、ぼくも、気をつけるがね」
与太って、与太って、人から何を言われようが与太って、ふと気がついたらぼくはカエルになり、もはや人間ではなくなっているのです。準備会場で、その兆候を僕は本気で感じたのでした。
「カエルはともかく、あの子供達の為に御社で何かしてしてもらえないでしょうか?」と問われてぼくは、
「それは中国の問題だろ。きみたちは無礼に僕らに絡むくせに、何かあるとすぐに日本に頼ろうとする。自分達の問題は自分達で何とかしなさいよ、ぼくに言われてもぼくはゲロゲロ鳴くことしかできないんだから、他人の困難に無関心とはぼくもいよいよカエルになってきたのかもしれないね」
さっきの子供達がお礼を言いに来ました。ぼくはそのまま自然にかれらに話しかけました。
「うまい?」
「美味しいです。多謝(ありがとう)」と言って笑い、ぼくもつられて笑いました。
沼の片隅に産み落とされて、自然の摂理でしっぽが消えて、手足が生えて、オタマジャクシはカエルになるのです。ぼくは東京に産み落とされて、君は中国に生まれ、そうしてこの子供達は戸籍のないカエルになった。ただそれだけの違いなのだ。これからどんどん成長しても、子供達よ、容貌には必ず無関心に、麻薬はやらず、白酒も販売してるもの以外は飲まず、そうして、戸籍のあるちょっとおしゃれな娘さんに気長気長に惚れなさい。

追記
みたいな体験をこの17年間していたんですが、そろそろ日本に戻りたいな~。とも思っています。

太宰治 『美男子と煙草』改変

Kindle版もどうぞ(挿絵ありです)


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