マーク・チャンギージー「ヒトの目、驚異の進化」

刺激的な科学啓蒙書です。

目次を見ると「感情を読むテレパシーの力」、「透視する力」、「未来を予見する力」、「霊読(スピリット・リーディング)する力」となにやら胡散くさい言葉が並びます。これは超能力系トンデモ本ですか?と身構えてしまう方もいるかもしれません。確かにこれらの章題はいささか受けを狙いすぎなきらいがありますが、科学的根拠に基づく著者の大胆な仮説が端的に表現されています。

この本で取り上げられているのは以下の4点です。
1.なぜ、ヒトは豊かな色彩を見ることができるのか
2.なぜ、ヒトの目は、横ではなく前についているのか
3.なぜ、ヒトは、錯覚(錯視)してしまうのか
4.なぜ、ひとの脳は、文字を処理できるのか

これらについて、著者は最新の研究成果を踏まえて、従来の定説を打ち破る新説を披露していきます。例えば、豊かな色彩を見ることができるようになった理由は、食べごろになった果実の熟した色や新鮮な若葉を見分けやすいからとか、ヒトの目が前についているのは、立体視が可能になり奥行をとらえやすくなったから、といった説明がなされていましたが、そうした定説が次々と豊富な具体例によってくつがえされていくのです。

読書好きにとっては、人の脳がなぜ文字を処理できるのかを説明した第4章が特に興味を惹かれるところ。ヒトの目は自然界にあるものを認識するために進化したのであって、人工的なものを認識するために発達したわけではない。ではなぜ人工的につくられた文字に親しめるのか?それは文字が自然界の形態要素に似せて発達してきたからだ、というのが著者の説明です。その観点からすると、アルファベットや漢字、ハングルなど多種多様に見える文字はすべて同じ文字で「ヒトは同じ文字を読み書きしている」という驚きの結論が出てくるのです。

この「文字シンボルの統一理論」についての詳細な説明は、ぜひ本書を手に取って確かめていただきたいのですが、この本の文庫版に解説を寄せている思想家の石田英敬さんは、この成果を自身の思想に組み込み、21世紀の新しい記号論を築こうとするなど、著者の大胆な仮説は心理学や進化論の枠を超えて大きな影響を与えつつあります。私たちの「視覚」にはこれほどの力があったのかと目から鱗が落ちる読書体験でした。

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