見出し画像

マット・ウィルキンソン『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか 生き物の「動き」と「形」の40億年』

地球には多種多様な生物がひしめいています。人間を含むこれらの生物は、突然変異と環境の変化に適応することで多彩な姿をとることになりました。しかし突然変異や環境の変化に規則性はありません。どちらも偶然による要素が大きいものです。それならば、今の生物の姿形も偶然によって決まったものであるから、もし進化の過程を再現したならば、今の生物とは全然違うものが現れるのではないだろうか?そう考えたのは進化生物学者の巨人のひとりである、スティーヴン・ジェイ・グールドです。

本書の著者、マット・ウィルキンソンは本書でこのグールドの考えに対し、違う見方を提示します。一見共通性が見出せない多様な生物群には、たったひとつだけ共通のテーマがある、というのです。それがすなわち本書の主題である〈移動運動〉なのです。

全ての生物は〈移動運動〉を行う。この地球上で移動を行うということはすなわち物理法則の影響を受けざるを得ません。これこそ偶然に支配されているかに見える生物の進化にある〈必然〉なのです。どんなに多様であっても、この物理法則によって、自ずと姿、形は制限される。松岡正剛流に言えば、生物の姿は〈多様にして一途〉なのです。
生きとし生けるもの、全て移動を欲する。本書は〈移動〉の視点から生物の進化を考察したスケールの大きな書物といえるでしょう。

人はそもそもどのようにして歩いているのか、というメカニズムの分析から始まる本書の旅の前半は、人間の直立二足歩行の起源、鳥やムササビなどが翼をもつに至った経緯、水中を泳ぐためになぜ背骨が発達したのか、魚たちはなぜ陸に出たがり、ひれを肢に変化させたのかといったテーマをめぐって最新の学説を手際よく紹介しながら進んでいきます。これまでなんとなく思い込んでいた観念が覆されることもしばしば。この前半だけでも充分読み応えのあるものになっています。

本書のタイトルについてはこの前半で説明されてしまうのですが、著者の本領発揮は後半にあります。動物の多くが左右対称であるのはなぜか、脳と筋肉はどのように生まれたのか、と移動部位にとどまらない全体的な考察に向かっていくのです。
 
植物のような移動しない生物がそのように進化したことへの考察を挟み、アメーバ等の単細胞生物の移動手段は多細胞生物に進化することでどう変わったのかといった生物の根源に迫っていき、最終章「動物はなぜ動きたいと思うか」では心の起源や、身体と心の関係といった哲学的な命題にも踏み込んでいきます。そして、生物は動きたい、という欲望によって進化を進めてきたのに、人類がテクノロジーによって文明を「動かなくてもすむ」方向に発展させたことへ警鐘を鳴らして本書を締めくくります。
哲学的、と述べましたが決して観念的なものではなく、情熱あふれる文体によって読者に強く訴える力をもったメッセージになっているのです。

『ある生物の逸脱がその子孫に与える影響を見たときにわかるのは、わたしたちの身体と心は解剖学的・心理学的形式で書かれた、祖先の性質についての味気ない記録などではない、ということだ。わたしたち一人ひとりは、わたしたちと同じく動き回っていた先祖が行った、数えきれないほどの旅路を体現している生き物なのだ。わたしたちが生命の世界と分かち合っている深い結びつきの、これ以上美しい証がほかにあるだろうか。』
(終章より引用)

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?