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マリー・シェーファー『世界の調律 サウンドスケープとはなにか』

みみをすます
みちばたの
いしころに
みみをすます
かすかにうなる
コンピューターに
みみをすます
くちごもる
となりのひとに
みみをすます
どこかでギターのつまびき
どこかでさらがわれる
どこかであいうえお
ざわめきのそこの
いまに
みみをすます


去る8月14日、カナダの作曲家、マリ―・シェーファーの訃報が報じられました。管弦楽曲や合唱曲など数多くの作品を世に残していますが、音楽愛好者の枠を超えて、各方面に大きな影響を与えたのが1977年に刊行された本書『世界の調律』になります(日本で翻訳が出たのは1986年)。

本書で提唱された「サウンドスケープ」という概念は今では広く使われるようになりましたが、改めて述べておくと、風景=landscapeから造られた造語であり「音風景」を意味します。
シェーファーは本書の中で、これまで「音楽的」とされていた音や「騒音」として捉えられていた音を区別することなく、私たちをとりまく音全体にいかに耳を澄まし、関係を結んでいけばよいのかを多面的に考察していきました。

本書の全体は四部から成り立っています。
第1部「最初のサウンドスケープ」、第2部「産業革命後のサウンドスケープ」では、自然音に始まり、産業革命、電気革命に至るまでの人類を取り巻くサウンドスケープの変遷が詳述されています。音楽とサウンドスケープの関係を検討した「間奏曲」を間に挟み、第3部「分析」、第4部「サウンドスケープ・デザインに向かって」では、主体的にサウンドスケープ・デザインを実践するための指標となる様々な分析や、リズムやテンポ、沈黙の問題が論じられていくのです。
そして第4部での結論<世界の音のデザインを改良したいと望んだとしても、それは沈黙がわれわれの生活の中で積極的な状態として回復された後に初めて実現されるものであろう。心の内なる雑音をしずめること―これがわれわれの最初の仕事だ>を受けたエピローグ「音楽をこえて」では、<あらゆる音は沈黙の状態、すなわち「天体の音楽」の永遠の生命を熱望するのだ。>と力強い言葉が書かれ、全体を締めくくっています。

こうしてみると、譜面や録音、演奏の形態はとっていませんが、本書自体がひとつの「音楽作品」であると考えることができるでしょう。この「音楽」は現在わたしたちの周りを取り巻くすべての音によってなりたち、未来に向けて変化し、最後は人類の死によって完結する壮大なWork in Progress。参加するのに必要なのはすべての音に開かれた柔軟な耳を持つことだけです。

(ひとつのおとに
ひとつのこえに
みみをすますことが
もうひとつのおとに
もうひとつのこえに
みみをふさぐことに
ならないように)


※冒頭と末尾の詩行は谷川俊太郎「みみをすます」より引用したものです。

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