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杉浦康平『生命の樹・花宇宙』

花咲くものを身につけて、アジアの人びとの心は、宇宙を包み込むほどに広がってゆく…。
(「輝く樹、宇宙の華」より)


杉浦康平さんは日本を代表するグラフィック・デザイナーですが、独自の図像学研究でも多くの著作を残しています。この『生命の樹・花宇宙』もそのひとつで、「万物照応劇場」と銘打たれた一連のシリーズの中の一冊です。ちなみに、「万物照応劇場」シリーズには他に「かたち誕生」、「宇宙を叩く」などがあります。

「万物照応劇場」シリーズで杉浦さんが追求しているのは、日本を含めたアジアの図像から垣間見れるアジア的な生命観、宇宙観です。本書ではアジアで広く「生命の樹」と呼ばれて親しまれている花ざかりの樹、実がなる樹のイメージを中心として、そこから広がる変幻自在で芳醇な世界が読者の前に展開されていきます。その起点となるのは2つ。日本の着物、とりわけ江戸時代に流行した、花咲く樹をあしらった「立樹文様」の意匠をもつ小袖。そして、インドで「カラカムリ」と呼ばれる手描き更紗に描かれた樹木の姿です。

右に左にゆらめく幹と咲き乱れた花の意匠をもった「立樹文様」の小袖に見られる揺らぐ幹。対して、中心にしっかりと垂直にそびえ立つ大樹の意匠をもつ「カラカムリ」。この2つのイメージを極として、そこから派生する様々な「生命の樹」のイメージを杉浦さんは最終的に「直立する樹」「うねる樹」「渦巻く樹」「絡みあう樹」の四つの樹相にまとめていきます。そこには百花繚乱に咲き乱れる花、イスラム文化が生み出したペーズリー文様、中国の古代神話に登場する「扶桑の樹」や白居易が「長恨歌」で歌った「連理の樹」など実に多彩なイメージが含まれており、アジアから生み出した想像力の芳醇さに感嘆を禁じ得ません。

杉浦さんの追求はさらに、孔雀、鵞鳥、獅子、虎、鹿、象、駱駝など、「生命の樹」を守護する聖獣、豊穣と再生を象徴する蛇。その蛇と対をなす鳥。鳥と蛇の闘いはキリスト教と異教との闘いを象徴しています。また、インドやチベットの図像に登場する金色の鷲、ガルダと龍王、ナーガの関係は「天の火」と「地の水」の相克による豊穣原理を示していることなどが読み解かれていきます。

後半では宇宙山に支えられて世界の中心軸を指し示す「宇宙樹」をテーマに、日本の神社の本殿に安置されている神々の依り代である「榊」、長野県諏訪の代表的な祭り「御柱祭」、伊勢神宮の「心の御柱」への系譜や、インドのストゥーパにはじまり、日本の五重塔に至る仏塔の流れがふんだんに語られます。

こうしてアジア、いや宇宙的スケールで繰り広げられていった「生命の樹」の話は、最後に花を纏う人の装いが扱われ、バリ島の踊り子やタイのファッション・ショーに出現した、新しい花笠、身も心も花ざかりとなる韓国の花嫁衣裳へと時空を自在に超えて巡っていき、冒頭に取り上げられた「立樹文様」へ舞い戻ってきて締めくくられます。ふんだんに盛り込まれた図番と杉浦さんの語りに導かれ、アジアのもつ美と生命力のポテンシャルに酔いしれる読書でした。

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