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R・D・ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』

明日はクリスマス・イヴ。ディケンズ『クリスマス・キャロル』、ケルトナー『飛ぶ教室』、オー・ヘンリー『賢者の贈り物』などなど、心温まるクリスマスものの名作はたくさんありますね。残念ながらこの『クリスマスのフロスト』はそうしたハートウォーミングな作品ではないのですが、読み始めたらやめられない上質のエンターテイメントであることは間違いありません。

舞台はクリスマスを10日後に控えたイギリスの田舎町、デントン。人口10万人程度のこぢんまりとした町なのに、少女の失踪事件を皮切りに次から次へと事件が巻き起こります。これらに挑む我らが警部こそ、主人公のフロスト。しかしこのフロスト、およそ「颯爽」や「品行方正」という形容とは無縁の存在で、いつもコートはよれよれ、同僚に「浣腸」をしかけるきわどい冗談(いや、今なら一発でセクハラかな)と死体の話が好き、デスクの上は乱雑な書類にうずもれ、提出書類の遅れは常習の中年男なのです。

彼の操作方法はひたすら足。現場はもちろん、気になった関係者や場所はとにかく見て回らないと気が済みません。おかげで今回彼のパートナーとして働くこととなった、ロンドンからやってきたエリート新人刑事のクライブは毎晩深夜まで付き合わされてクタクタ。スキマ時間にいい関係となった婦人警官、ヘイゼルと下宿でデートしてもいざこれからという時にも容赦なくフロストが闖入して、現場に連れ出してしまうのです。

会議にはしょっちゅう遅れ、書類の提出はほったらかしで出世浴の強いマレットには憎まれ、クライヴ不承不承従うはがりですが、なぜかこのフロスト、周囲の巡査や町の人々には不思議に愛されているのです。へまは多いし、憎まれ口もたたく、でも事件解決への熱意と、時折り聞かせる癌で亡くなった妻を偲ぶ独白に人情味を感じさせ、なんともいえない魅力を読者に感じさせるのです。

日曜日に始まり木曜日に終わるこの小説の中で、事件はとにかくひっきりなしに起こります。連作短編という形式になっていても不思議ではないのですが、一本の長編として、まだこの事件が佳境になったばかりなのに違う事件が起きてしまって、どうするのか、果たして全体のつながりはあるのかなど読者を引っ張っていく作者の手腕が巧みです。ウィングフィールドは本作が処女作ということですが、それまでにラジオ・ドラマの脚本などを手がけていたということで、そこでつちかった技術が遺憾なく発揮されています。

切れ味鋭い推理が披露されて、鮮やかな解決をみせる作品ではないので、ミステリ、と呼ぶにはためらわれますが、人間くさい登場人物たちの織りなす警察小説として文句なく楽しめた小説でした。

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