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鶴岡真弓『ケルト/装飾的思考』

伝統のスタイルにとどまらず、ローリング・ストーンズやヴァン・モリソンなどのロックミュージシャンとも積極的に共演(ヴァンとのコラボレーション『アイリッシュ・ハートビート』は名盤!)するなど、ケルト音楽の歴史、国境を超えた魅力を発信し続けてきたグループ、チーフタンズのリーダーだったパディ・モローニの訃報が報じられました。

私がケルト音楽に興味を抱いたきっかけもモローニの演奏です。マイク・オールドフィールドの傑作『オマドーン』で素晴らしいパグパイプのソロを聴かせてくれたのです。以来、“ケルト”は私にとって魔法の言葉のひとつとなりました。音楽ならアルタン、クラナド、シャロン・シャノンなど。かのエンヤもデビュー作はずばり『ケルト』と題されていました。文学ならばイエイツ、ディラン・トマス、ジェイムズ・ジョイス。またアーサー王や英雄クー・フーリンなどの伝説にも惹かれ続けていました。

その中にあって美術については不案内だったのですが、その魅力を教えてくれたのが本書です。アイルランドは西ヨーロッパではいちはやくキリスト教化をなしとげた地域なのですが、彼らが残した「ダロウの書」、「リンディスハーン福音書」や「ケルズの書」などの写本には、他のヨーロッパ地域では見られない際立った特徴がありました。それらはいずれも謎めいた文様で埋め尽くされていたのです。

著者はこのケルト文様を、〈渦巻〉、〈動物〉、〈組紐〉の3つの視点から掘り下げて追求していきます。そこに見えてくるのはキリスト教化の底に潜む、異教の造形性であり、単なる〈装飾〉の枠を遥かに超えて見る人に迫ってくる生命力です。その生命力はケルト人が歴史の主役から退いて彼方に消えていっても絶えることはなく、19世紀末にはアール・ヌーボーの潮流となって甦りました。この大きな流れを著者の鶴岡さんは豊富なな資料を丹念に読み解きながらも、熱を持った語り口で紹介していきます。そして、読後読者の前に立ち現れるのは単なる添え物としての「装飾」ではなく、世界を認識する手段としての〈世界文様〉なのです。

『ケルトの組紐文様は、彼らの認識する世界の構造であり、彼らは組紐文様を通して世界をみている。ケルトにとっての世界像は、文様の運動や転換や結合によってのみ立ち現れる。神話的表現が神話事項のつくり出す図式によってこそりかいできるように、彼らにとって世界や自然の諸要素は文様によってのみ認識されるのである。これをわれわれは〈世界文様(オルナトウス・ムンディ)〉とでも名づけることができるのではないだろうか。』

ケルト精神の探求が人類の普遍的な精神世界の探求に繋がっていくスケールの大きな一冊。この探求の姿勢が本書のタイトルを『ケルト「の」装飾的思考』ではなく、『ケルト「/」装飾的思考』としている由縁ではないでしょうか。

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