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ふたりの谷川

駅に続く坂道を一人の男性が下ってくる。
男はもうかなりの年配に見えるが、その歩く姿に人とは違う独特の雰囲気が感じられた。
車で走っていて、前方にその人を見かけたとき、私には直感できた。
(谷川・・・あれ、詩人の谷川俊太郎、じゃねえ?)
すれ違いざまにもう一度確認したが、はっきりとは判別できなかった。
だが少し憂鬱そうに眉をひそめて歩くその顔は、いつか詩集の裏表紙でみた詩人そのものだ。
地方の田舎町で出会うならいざ知らず、ここは新宿から二時間で来れる高原の町だ。詩人が別荘を持っている可能性だって、友達が移住してきていて、遊びにきた可能性だってある。
それはもう十年以上も前のことだが、詩集「うつむく青年」を書いた詩人もその時既に老境を迎えていたように思えた。

先日、ある本を図書館に借りに行ったとき、受付カウンターのところに「あなたへのおススメ」というコーナーがあった。
当然ながら、それは別に私に向けたものではないが、その中に谷川俊太郎の直近の詩集「ベージュ」があった。それも借りた。
別におススメだったからではなく、きっと谷川俊太郎の名前に魅かれたのだと思う。
いつも言うように私は決して熱心な読書家ではないが、得てしてこういう風な時にいい本と出会えるものだ。

「ベージュ」

谷川俊太郎の米寿の祝いにもじって付けられたタイトルだと言う。     普通のじじいが言うと最低ラインのおやじギャグだが、言葉の魔術師である詩人が言うと、なんだか、とても高尚なウイットに思えてくる。

若い頃、私は前述したこの詩人の「うつむく青年」を買った。そのタイトルに魅かれたのだ。その頃私はまさにうつむく青年だった。
その中の「生きる」という詩が世間的に人気を得た。
この詩は「三年B組金八先生」でも紹介されたから、若い人でもご存知かもしれない。
詩は美しく、生きるということを比喩にした表現も豊富で美しく、ただそれ故に、私にはその詩が眩しすぎた。センスが良すぎて馴染めなかった。
地方の、生粋の労働者一族の出自の私では、この詩がなんだか、都会的に思えて、プラネタリウムもヨハンシュトラウスも受け入れ難かった。まさに私はひねたうえに、うつむく厄介な青年だったのである。

今度の詩集「ベージュ」でもその言葉の魔術師としての面目は発揮されているが、以前受けた印象とは少し違った。
詩の中に時折老人特有の虚無的で皮肉めいた表現が垣間見えて、私にはそれが新鮮だった。
「へー、谷川俊太郎も他にもれずベージュになったんだ」
と、失礼ながら、高名な詩人に親近感を持った。
してみると、若い頃「生きる」を呼んだ時の印象はやはり私の読み違えで、その裏側には「死」というものがあって、詩人はそれを承知で、あの華やかな生きるを表現したのかもしれない、そう思うと、あの時坂道ですれ違った時に、ミーハー的でもいいから、話しかければ良かったと。後悔した。

ところで詩人の谷川と言えば私の中でもう一人別の人物が浮かび上がる。
それが「谷川雁」である。
地方の、生粋の労働者一族の出自の私は、詩人であり,「工作者」である谷川雁には少なからず影響を受けた。

谷川雁はもともとここの投稿でも紹介した「愛についてのデッサン」を書いた詩人丸山豊が主宰する「母音」で活動を始め、その後、「母音」で知り合った森崎和江、上野英信、石牟礼道子らと「サークル村」を創刊し、さらには評論集「原点が存在する」や「工作者宣言」で新左翼にも大きな影響を与えた。

谷川雁は言う。
「連帯を求めて孤立を恐れず」「大衆に向かっては断乎たる知識人であり、知識人に対しては鋭い大衆である」そしてさらには「その偽善の道をつらぬくしかばねの上に萌えるものを、それだけを私は支持する」と。
他に大きな影響を与えながらも、自分を偽善者と言い切り、その思いのままに突っ走り生きていくその姿は、醜くも潔い。

安保闘争、三池闘争を経て、彼はその後、自ら労働者を率いて、活動したが、敗れ、恋人や仲間たちとも別れて故郷を離れていく。その後の活躍は割愛するが、自己矛盾を隠さず、思いのままに生きていく姿は、私には眩しく、うらやましい。                         そういう意味では、「谷川雁」は本当の詩人であったと思う。

詩の話に戻そう。
長くなるので、私が影響を受けた「谷川雁」の二つの有名な詩を紹介して、終わりにする。

東京へゆくな

ふるさとの悪霊どもの歯ぐきから
おれはみつけた 水仙いろした泥の都
波のようにやさしく奇怪な発音で
馬車を売ろう 杉を買おう 革命はこわい
 
なきはらすきこりの娘は
岩のピアノにむかい
新しい国のうたを立ちのぼらせよ
 
つまずき こみあげる鉄道のはて
ほしよりもしずかな草刈場で
虚無のからすを追いはらえ
 
あさはこわれやすいがらすだから
東京へゆくな ふるさとを創れ

 
おれたちのしりをひやす苔の客間に
船乗り 百姓 旋盤工 抗夫をまねけ
かぞえきれぬ恥辱 ひとつの眼つき
それこそ羊歯でかくされたこの世の首府
 
駈けてゆくひずめの内側なのだ


私の放浪時代を支えた丈夫な杖のような詩だ。
谷川雁が目指した共同体に、私もまんまとのせられた訳だが、今でも何処かでこの詩を信じている。
それよりも何よりも、私が一番感動したのは、次の詩である。
その詩を読むとき、今でも愚か者の私は、うっすら目じりに涙を滲ませている。何も成し遂げてこなかった、私でも、生きて、感じて、これからも・・・


雲よ

雲がゆく
おれもゆく
アジアのうちにどこか
さびしくてにぎやかで
馬車も食堂も
景色も泥くさいが
ゆったりとしたところはないか
どっしりとした男が五六人
おおきな手をひろげて
話をする
そんなところはないか
雲よ
むろんおれは貧乏だが
いいじゃないか 
つれてゆけよ

気の利いた暗喩もなく、極めてシンプルだけど、今でも私の隠れた柔らかい部分に優しく染み込んでくる。


詩って、本来こんなもんではなかったか・・・?

ふたりの谷川のことを考えると、私も詩人でありたいと、改めてそう思う。

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