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朝焼けのピンクは一瞬

 建売で買った家の、私が寝ている部屋には天窓がある。敢えてそこを寝室と言わないのは、その部屋が寝室に想定されて作られていない気がしているからだ。隣家と2方隣接していて、一方はクローゼット、一方は換気程度の小さな窓、そして天井に天窓があって、それが思惑通りの明かり採りになっている。日中は真上から部屋を照らして十分にその役割を果たしてくれていて、夜は街灯などの影響は受けないので良いのだが、問題は朝、夜明けとともに明るくなってしまうことだ。
 確かに勝手な話で、日中にその恩恵がなければ、この部屋は一日中薄暗く、もしかしたらあまり使われない部屋になっていたかもしれない。やはりこの部屋は、完ぺきなウォークインクローゼットに想定されていたのだろう。
 私はそこで寝るようになってから、寝具から手に届くところに「目を覆うもの」を常備するようになった。具体的にはタオル類かTシャツのような衣類。アイマスクはゴムが苦手で、でも留めるものがないと顔の凸凹に耐えられずに滑り落ちてしまうから、うまく使えなかった。衣類はこの地震大国で、熱帯夜に肌着(のような格好)で寝ている中年にはピッタリの常備品でもある。明け方、陽の光に起こされてしまった時に、目、というかほぼ顔全体をタオルやらで覆うと、また夢の続きに寝落ちていけるのである。

 実はこの家に住むことになった頃から、天窓用のカーテンやブラインドが売られていることは知っている。DIYが苦手な夫には一任できないし、サイズを測ったり取り付けたりするには天井裏に収納している脚立を出さないとな〜…などと考えると、そこまで緊急性はないので後回しにしてしまい、現在に至っている。
 そんなふうに十数年過ごし、もしかしたら、もうカーテンやブラインドはつけないかもしれない。なぜなら、夜の天窓を好きになってしまったからだ。
 布団にねそべると、月の光が射し込んでくる夜がある。陽の光と違って細く強く鋭い光だ。眩しさを感じることもある。角度によってはその形も見える。そうして、まるで月に抱かれている気になって目を閉じる。
 冬には霜が絵を描く。それは、シンデレラが駆け込んでゆきそうなお城の絵だ。夜空の漆黒をキャンバスに、霜のついたところと溶けたところの濃淡で絵のように見えるのだろうが、窓の角度のせいで部分部分が縦に溶けて全体が城のように見える。いつも同じように描かれる。月の光がぼんやりと照らす時もある。そうして目を閉じれば、いつか王子様が迎えにくる夢に入っていける。
 雪が降った日は、積もった雪で覆われる。それが溶けつつガラス面を徐々に滑り落ちていくのがわかる。数年に一度くらいの雪なので、そんなことも味わってしまう。
 そしてとうとう、朝の天窓も好きになってしまった。光で目が覚めてしまった時は、いつもなら間髪入れずに顔を覆うのだが、今朝は気まぐれに目を開けて仰向けに身体を向けてみた。おヘソの真上辺りに天窓。そこからピンク色の光が差し込んでいた。薄く甘いピンク色の絵の具が溶けているようだった。
 私はすぐにベランダに出た。朝陽は(夕陽も)直接見えない我が家からは空しか見えないが、それでもピンクが溶けだしたホリゾンプルーの空は、ちょっとした早起きのごほうびになった。

 もしかしたら、たぶん、もう9割の確率で、カーテンやブラインドは付けないと思う。

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