真夜中のメッセージ

そろそろ寝ようとベッドに入って暫く微睡んでいたら、日付が変わる頃スマホが振動した。

こんな時間に連絡してくる人は、そういない。
訝しがりながらロック解除すると、数ヶ月振りの知人からのメッセージ。
『髪型変えたんだね。凄く似合ってる。』
プロフィール画像を変えたことに気付いてくれたらしい。

返信をしようか迷いながら、相手の温度感を探る。
男性から褒められるのは、素直に嬉しい。
けれど急に連絡してきた意図が分からないので、少しばかり警戒する。


彼はひとつ歳下の、10数年来の知人。
某大手メーカーの優秀なエンジニアで、特許を20件近く取得している。
知り合った頃はお互いに独身で、彼は大学院を出て2-3年の駆け出しのエンジニアだった。

月イチくらいのペースで当たり障りない内容の連絡をしてきて、私が返信するという距離を暫く保っていた彼と初めて2人きりで会ったのは、知り合ってから1年が経った頃だった。

それまで恋愛感情があるようなそぶりも見えなかった彼のことを、私は異性の知人のひとりとしか認識していなかった。
その日の帰り際、1年も誘い出す勇気が無かった事と共に、『結婚を前提で付き合いたい』といきなり告げられるまでは。

彼はとてもモテる人だった。
端正な顔立ち、女性にしては高身長の私よりも20cmも背が高く、高学歴で大企業のエンジニア。
性格も温和でユーモアも通じる、スポーツマン。
女性同士なら“素敵な彼をGetしたね!“と羨ましがられるような、ハイスペックな男性。

でも残念ながら、私は彼を男性としては見ていなかったし、それから先も見ることは出来なかった。
私がもっと打算的な人間だったなら、そんな人から好意を持って貰えたことを素直に喜べたのかもしれない。
何度も『気が変わるまで待つ』と言ってくれた彼の気持ちには応えられないことを納得して貰うまで、数ヶ月。
最初からそうだったように、私から連絡することはしないというスタンスを貫いた。
それが私から示せる唯一の誠意だと思ったから。


再会したのは、10年ほど前のことだった。
共通の友人たち数人と食事に行く事になり、久しぶりに顔を合わせた彼は一端のエンジニアになっていた。
お互いに結婚したこともあり、昔のことはもう葬り去られたのだ、と勝手に安心して油断していた。

その日の帰り、駅のホームで『また二人で会えないかな?』と彼は言った。
やっぱり君のことを諦めたくないんだ、と。
“あなたが先の事を少しでも期待しているのなら、もう会えない“
ちょうど来ていた電車に滑り込んだ。
彼からはその後、連絡が途絶えた。


昨年の夏の終わり、メールが届いた。
10年振りの連絡。
今は一児の父となった彼からの、近況報告だった。
私も仕事のこと、子供たちのことを伝えた。
それ以上は、彼も何も聞いてこなかったし、また当たり障りないやり取りでメールは途絶えた。

そして今回のメール。
新しい髪型を褒めてくれるのは嬉しいけれど、それを伝えたら期待させてしまうことにはならないだろうか?
そんな事、10年も経って思うのは自意識過剰かしら?とも考えたりする。

いくつになっても、女性扱いされるのは嬉しい。
お世辞だと分かっていても、綺麗だとか素敵だとか褒められるのは悪い気はしない。
けれどいくつになっても、男心が分からない。
本心なのか、下心があるのか、こちらが思うより子供なのか大人なのか。

誰かに好意を抱いて貰っている(かもしれない)ということに、時に救われることもある。
例えば何かに行き詰まっている時、心が弱い時。
寄り掛かったって良いじゃないの、と言う人もいるけれど、私にはそんな風に都合よく人の好意を利用するようなことが出来ない。

だいぶ逡巡して“メールありがとう“とだけ、返信した。
レスポンスしないのは、あまりに冷たい。
この先も会うことはしないと思うけれど、メールは純粋に嬉しかったから。

気付いたら、メールを貰って1時間近く経っていた。
カーテンを細く開けて月を探したけれど、もう沈んでしまったのか何も見えなかった。
好きな人からのメールなら、躊躇うことなく素直に気持ちを表現出来るのに。

私に出来る精一杯の優しさは、彼に届いたのだろうか?
それとも、あれは優しさではなくただのエゴだろうか?
考えながら眠りに着いた。
答えは、まだ見つからない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?