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美容に対する心地の悪さを言語化してみたら

学生時代、美容が好きな時期があった。バイト代で基礎化粧品を買いあさって試したり、理想の体型を考えて筋トレを続けたりしていた。週に1回はスクラブをして、お風呂上がりには毎回ボディミルクを塗ってマッサージして……。最初は自分の変化がうれしくて、純粋に楽しかった。

いつからだろう。今の私は、美容に対してなんとも言えない心地の悪さを感じている。化粧水や乳液はもう深く考えるのをやめ、よく見かける安いやつを使っている。筋トレやマッサージなんてぜんぜんしない。

最低限の化粧水・乳液やシートパックは毎日している。でもそれだって、より美しくなりたいなんて高尚な思いからではなく、これ以上悪化したくないというネガティブな理由からだ。今の私がかろうじてやっているほぼすべての美容は、このネガティブな思いに駆られてのことだった。

美容が好きでがんばっている人に対して、憧れのような気持ちはある。だからそんなインフルエンサーの発信を見にいくこともあるけど、決まってなんだか疲れる。

どうして美容に対してこんなに後ろ向きになったのだろう。ふりかえってみれば、世間の美の基準にがんじがらめになった感覚を抱いたからかもしれない。美容関連の広告やインフルエンサーは、よくこんなことを言う。

「一重は整形して二重にしたほうがよい」
「肌の色は白いのが美しい」
「目が大きいのが美しい」
「中顔面は短いほうが美しい」
「女性は脱毛したほうが美しい」

さらに、人が好きでやっているおしゃれに対するジャッジも氾濫している。

「こういうまつげパーマをするとブスに見えますよ」
「こういう髪型はもう古いのでバカにされますよ」

個人的に嫌なことを言われた経験もある。たとえば母親から言われた「スイは髪を短くすると価値が下がると思う、長いほうが似合うよ」という言葉は、悪気がないにしても心の底から不快だった。

こういう価値観に、なんだかもう疲れてしまった。みんなルッキズムの弊害だ。人は容姿でその価値を判断される、だから価値を高めるために、こういうことをしたほうがよいーーそんな情報の洪水に、嫌気がさした。

しかもなお悪いのは、自分自身にもルッキズムが根づいているのを感じることだ。

テレビの中の芸能人を見て、「あれ、この人整形したな」「なんか太ったよね」なんて思ってしまう。なにも考えず口に出してしまうこともある。そのせいで一緒に見ている人を不快にしてしまっただろうと思う。「身長が高くていいよね」と人に悪気なく言ってしまったこともある。私自身もじゅうぶん傷つける側なのだ。

ーーもうそういう価値観に巻き込まれたくない。そう思って美容から遠ざかったのかもしれないなと気づいた。




美容からいったん離れてみて思いはじめた。

私は思い込んでいたのだ。美容とは、「世間の美の基準に達するよう努力すること」だと。「自分の価値が下がらないように、やらなければならないこと」だと。

でも、きっと必ずしもそうではない。

美容を「自分に手をかけて、大事にしてあげること」「他者とは関係なく、在りたい自分で在るためにすること」だとも捉えられるのではないか。

「在りたい自分」を世間の価値観から切り離して定義するのはかなりむずかしい。私にはまだできない。ただこれからは、スキンケアひとつとっても自分と一対一で向き合うセルフケアの時間なんだと考えるようにしようと思う。

買いものをするときも、近い価値観のブランドのアイテムをなるべく選びたい。


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