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なぜ仮想通貨は送金手段としての存在感を取り戻したのか? 危機における利用から考える

皆さん、こんにちは。高木聡一郎です。

ウクライナで起こっていることに心を痛めている方も多いと思います。私も一日も早くこうした悲劇が収束することを祈っています。

このウクライナ危機に際して、久々に仮想通貨が大手メディアで取り上げられる機会が増えてきました。(日本では法的には「暗号資産」と呼ばれていますが、本稿ではこのあと示す文脈のため、「仮想通貨」と表記します。)

今回は、紛争に際しての仮想通貨、特に国際的な資金移動に関して少し掘り下げてみたいと思います。

危機に際して存在感を増す仮想通貨

仮想通貨が注目を集めている最大の理由は、ウクライナへの仮想通貨経由の寄付が巨額に上っていることにあります。こちらの記事によると、3月16日の記事の時点でウクライナへ125億円相当の寄付があり、これはEU(欧州連合)の当初の支援額を越えるとされています。

また、ウクライナ中央銀行はNFT(非代替性トークン)による暗号資産の受け入れも始めているとされているほか、ウクライナ政府が今回の事態に関する画像をNFT化して販売する計画もあります。民間では、新しいアート作品を制作し、NFT化して販売し、売り上げを寄付する動きもあります。

逆に、仮想通貨が経済制裁の抜け穴になることを懸念した指摘も聞かれています。例えば、日本政府は国内の仮想通貨交換業者に対して、制裁対象者と取引しないよう要請しています。

いずれにしても、国際的な資金移動の手段として、仮想通貨が一定の地位を確立してきたことが、改めて確認されたと言えるでしょう。

仮想通貨は送金に使われてきたのか?

ところで、仮想通貨はそもそも送金の手段として使われてきたのでしょうか。冒頭の話に戻りますが、日本では金融庁が2018年に仮想通貨を「暗号資産」に名称変更することとしました。

この時の理由は、以下のようなものだとされています。

送金や支払いなど決済手段として使う場合には「通貨」との呼び名がなじみ
やすいが、荒い値動きにだけ着目した投機的な売買も多いため法定通貨のような決済手段と区別すべきだとの指摘が出ていた。

出典:日本経済新聞

つまり、仮想通貨は送金や支払いにはあまり使われておらず、投機的な売買にしか使われていないという理由で、「暗号資産」と呼ばれるようになったわけです。これはもちろん政府の見解であって、本来、サトシ・ナカモトが目指したのは、中央銀行に依存しない形での、決済・送金も含めたマネーのデジタル化でした。上記の名称変更は、その当時、投機・投資としての利用が多いように見えたことを反映していたのでしょう。

「仮想通貨の利用は投機ばかりだ」という説は、実際に買い物等で使う場面を見かけることが少ないといった実感に基づくものかもしれませんが、その点はあまり実証的に検証されてきませんでした。しかし、最近、この点に取り組む興味深い論文が発表されています

アメリカのNBER(全米経済研究所)のワーキングペーパーとして公開されたこの論文は、仮想通貨が国際的な送金にどの程度使われているかを分析したものです。

この研究は、LocalBitcoins.comという大規模な仮想通貨取引所における約4500万件のビットコインのオフチェーン取引(ブロックチェーンに記録しない取引所内での取引)を分析し、貯蓄や投資ではなく送金手段として使われた取引を推定し、国別(通貨別)にも分析したものです。

この研究で言う「送金」とは、最終的にフィアットマネー間の送金を目的とした取引であり、一時的に仮想通貨を介して行うという意味で「Crypto Vehicle Trade」と呼ばれています。例えば、米ドルからビットコインに両替し、その全額を短時間(この場合は5時間以内)にユーロに両替した場合を指します。従って、ビットコインやイーサなど、仮想通貨の世界だけで当面完結するもの(5時間以内にフィアット通貨に出金しないもの)は対象外となります。NFTをイーサで購入したり、イーサリアムのガス代を払ったといったものは通常カウントされません。

以上の条件で分析した結果、全取引の7.4%がフィアット通貨間の送金を目的としたもので、そのうちの20%が国際的な資金移動(異なる通貨での引き出し)を伴うものということが分かりました

まだワーキングペーパーのため、今後の研究の進展によって結果が修正される可能性はありますが、短時間で引き出したものしかカウントされないことを併せて考えると、仮想通貨を介した送金・決済は、無視できるほど小さいわけではないとも言えるでしょう。

危機に際して、なぜ仮想通貨なのか?

ということで、「暗号資産」と呼んできた間も、実は仮想通貨を介した送金は以前から行われており、今になって始まったことではありません

そして、危機に際して仮想通貨が注目され、使われているのは以下のような要因があるでしょう。

第一に、届くのが早いということがあります。通常の銀行間の国際送金だと1週間程度かかることもあります。また、支援団体を介すると、さらに時間がかかる上、最終的にどこにお金が届いたのか把握が困難ですが、仮想通貨の場合は直接相手のアドレスに、瞬時に届けることができます。(但し、支援団体の場合は適切に配分されることや、現地での人的・物資的な支援に転換できるというメリットがあります。)

また、受け取りのリスクが低いということもあるでしょう。銀行宛ての場合、今回のような危機に際しては銀行が閉鎖されたり、営業が停止になるリスクもあります。ブロックチェーンベースの送金であれば、システムの冗長性が高いうえ、全てオンライン上で完結できるため、レジリエンス上のメリットがあります。

さらに、仮想通貨はNFTの購入や投資・貯蓄で使われていることが多いため、遊休資産の貯蔵先になっているということがあります。遊休資産であり、かつ流動性も高いからこそ、今回のような危機に際して動かしやすい資金であるとも言えるでしょう。

NFTが示す、価値を作り出す力

今回の危機に際しては、先述の通り、新たなアート作品を作り、NFT化して売り出すことで資金を集める動きも出ています。これまでもチャリティ・オークションや、記念品を伴う寄付などはありましたが、NFT化されたアート作品は、デジタル空間の中で使用するコミュニケーション・ツールとして、既存の仕組みよりもはるかに相性が良い面があります

デジタル空間の中で、コンテンツを購入し、利用するための基盤としてNFTという仕組みが生まれました。それによって、より柔軟に世の中に価値を提供し、資産をダイナミックに動かすことが可能になりました。コンテンツを作るのはクリエイターの努力ですが、NFTの仕組みがあるからこそ、そのモチベーションが生まれ、ブーストされている面もあります

これが送金上のメリットと相まって、仮想通貨ベースの取り組みに厚みを持たせています。価値を送る力と、価値の創出をブーストする力。その2つの力の相乗効果が、仮想通貨の新たな可能性を示しているのではないでしょうか。


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